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「この家のシンボルツリーはね、ねむの木なのよ」 「ねむの木って、暗くなると葉が閉じて、逆にお花は夕方に咲くっていう…」 「そうそう!よくご存じね」 大家の里子さんは、ふっくらした頬にえくぼをつくり、胸の前で手を蕾のように合わせた。 たまご焼き色した壁にチョコレート色の屋根。白い扉にささやかなステンドグラスの小窓。門の脇には赤い郵便受があって、極めつけは柵から飛び出た風見鶏。その可愛いお家は坂の下にあり、ミニバスの停留所も近い。 里子さんは言う。この家でひとりでいる
小さな手の指で計るの ママとあたしのお布団の距離 1ミリでも 近くにしたくて ママに気づかれないように そっと蒲団を近づける...... 怖かったのかしら眠るのが それとも ママから離れるのが怖かったの? 今も想いだせる ほんの数センチの距離を 縮めることに 必死だった眠りの前のあの時間 ママ あなたにくっついていたかった どんな瞬間(とき)も...... あなたの姿を捉えていたかった どんな瞬間(とき)も.... あたしはそんな子供だった
「実家から送られてきたんだ。ラベンダーで染めたんだって」そう言って修ちゃんが私にくれたストラップ。ラベンダー色の、クマのぬいぐるみが付いている。「お母さん、東京に彼女がいるって気づいてるんだよ。それで渡すように送ったんじゃない」手の平に載せ、上目遣いで言うと「そうかもね。今年の夏こそ、里菜と富良野に帰りたいよ」修ちゃんはそう言って私の長い髪にふれた。 スマフォにぶら下げたクマは、私といつも一緒。寝るとき、私はクマを枕元に座らせる。仄かに香るラベンダーは安眠の誘い。私を眠りの
葵の夜泣きがひどい。2歳を過ぎてから、夜中に泣いて起きるようになった。 「ギャー」 また今日も起こされた。枕元に置いたスマフォを見ると、画面に23:30の数字が光る。8時に眠りについたので3時間半は寝ていたのかな。私は今さっき布団に入ったばかりだけど。暑いのかな。立ち上がり、リモコンを取って冷房をつけた。ボーッと静かな音と一緒に、風が降りてきた。 布団の上で身をよじりながら泣き叫ぶ葵。そのすぐ横で静かな寝息を立てる陽介。何故こんなにも泣き叫ぶ娘の横で寝ていられるのか、全
「眠れぬ森の美女、お迎えにあがりました」 もやもやとして眠れない、新しいおうちに越してきて初めての夜。カーテンの隙間から煌々と光が漏れてくるほど、月が大きく美しい夜のことだった。梨花の部屋にたった今、仮面が現れたのだ。一瞬泥棒かと思ったけれど、泥棒はたぶん、こんなに愉快なお面はつけていない。 何やらカラフルな仮面をつけたその人は右手を胸に当てて深々と、しかし不恰好なお辞儀をする。眠れる森の美女なら聞いたことがあるけれど、眠れぬ美女ってなんだろう。でも美女って呼ばれるの