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支援における正解と不正解

2024年3月18日(月)

おはようございます!

昨日は6月に開催するセミナーの準備作業な1日でした。申し込み開始まで、今しばらくお待ちください🙇‍♂️

さて、今日のテーマは「支援における正解と不正解」について書きたいと思います✍️

これまでこのnoteでは、支援における様々な事について書いてきました。
私もこれまで•いま現在勤める福祉事業所の現場で、利用者さんの支援に関すること、親御さんへのサポート、関係機関の連携などについて職員間で話しをする機会も多くありました。

福祉事業所の職員には、教育や保育など福祉以外の分野での資格や経験を持つ職員さんがいらっしゃるのも1つの大きな特徴で、その経験のもとに幅広い視野•角度からの捉え方や見立てなどの様々な議論が行われます。

目の前で関わる利用者さんの状況に対して、見立てから支援方法を考えたり、親御さんとの共有の仕方を考えたり、関係機関とどう情報を共有し支援体制を整えるか?などを考える中で出てくる1つの考え。

それが、「支援に正解はない」

みなさんはどう思いますか?支援に正解はあると思いますか?

私は支援に正解はあると思っています。

その理由は3つです。
①だれにとっての正解なのか?
②正解がないと言い切るという事は正解を知っているのか?
③自分で、自分たちで限界を決めていないか

②と③に関しては、私個人の思う所ではあるのでここでは差し控えますが、ここですごく大事だと思うのは、「だれにとっての正解なのか?」という事です。

私たちが行う支援には、必ず利用者さんご本人やご家族のニーズがあり、その根拠となる個別支援計画書があります。

⚫︎困りごとをなんとかしたい
⚫︎将来が不安
⚫︎できることを増やしたい

支援方法を考える中では、ニーズだけでなく事業所の特色や支援者自身の対応力や柔軟性も必要不可欠だと思います。

それらを考えていくとだんだんと「もっとこうなったいいのにな」という気持ちも出てきます。
日によって状況も異なりますし様々な出来事の中でニーズや気持ちも変わってきます。

でもここで重要なのは、主語はいつでも「利用者さんご本人であること」ではないでしょうか?

支援者自身の思いが先行して、支援方法を考えるに至らなかったり、出来る•出来ないを判断してしまったり、気づかない内にそうなっている場合も多くあるのかなと感じています。

そしてそれがいつか、支援者の都合になってしまう状況や環境も少なくはないはずです。

「自分らしい暮らしをおくること」それが福祉の目的だと思います。今は成果として現れなくても年齢を重ね、様々な経験をする中で、それがご本人の中で幸せとなる事であれば、あの時の支援は正解に変わる。

とにかく、主語はいつでも利用者さんであり、正解であるかどうかの判断は利用者さんしかできないわけです。

厳しい言い方かもしれませんが、私は「正解ってないんじゃない?」と言う方とはあまり仕事をしたい気持ちにはなりません。

それはその方の都合で考えてるに過ぎないからです。

私としては、いつでもそう考えて利用者さんと向き合っていきたいといつも考えています。

今日はここまで!

次は何を描こうかな...
でも職場の放デイが春休みに期間で受け入れ時間が早くなるため、もしかしたら今日以降3月いっぱいは投稿をお休みするかもしれません...

状況次第ですが、またそれについても投稿したいと思います。

それではいってらっしゃい🚗

名幸賢人

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