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親切な不審者

お母さんと二人で晩酌するのが、最近の日課。

と言っても、私は中学3年生。お酒はもちろん飲めないので、ジュースで乾杯。

お母さんは最近ハマっているというワインを開けて、おつまみのチーズと私のリクエストしたポテチの袋を持ってきてくれた。

「そうそう、お父さんの話聞いた? また上司に怒られたってやつ」

「あぁ、聞いた聞いた。ほんと、出世は望めないよねぇ」

「なんでお父さんと結婚したの?」

「さぁ、お母さんにもわかんない」

なんて、お父さんの悪口で盛り上がる。

お母さんとの晩酌は、いつも22時〜23時ごろ開催される。けどその日は、私の進路のことなんかを相談していて、いつもよりどっぷり話し込んでしまった。金曜日ということもあって、お母さんも「もう寝なさい」とは言わなかった。


インターホンが鳴ったのは、夜中の1時だった。

ピンポーン。

お母さんも私も、一瞬固まる。

「何・・・? 夜中の1時に」

お母さんが訝しみつつ、インターホンのモニターを覗く。

「こんな時間におかしくない? 怖いんだけど」

私も怯えながらお母さんの後ろから様子を伺う。


モニターに写っていたのは、黒いジャンパーを羽織って、無精髭を生やした中年男。モニター越しにこちらを覗き込んでいる。

「誰? お母さん知ってる?」

「わかんない。なんかキョロキョロしてるよね。うちの庭をしきりに見てる・・・」

確かに男は、うちの庭の方を見たり、上を見上げたりと忙しない。

「なんか怖いよ・・・無視しよう」

「そうね、こんな時間に来るなんて絶対おかしい」

「幽霊・・・?」

「そんなわけないでしょ。でも、幽霊じゃなかったとしても、おかしい人に決まってるわよ」

無視しつつ一旦テーブルについて、ポテチを頬張る。お母さんもチーズをつまんで、お互いのグラスに飲み物を注ぎ直した。

「なんかしらけちゃったね、今ので」

私が笑うと、お母さんの顔はこわばっていた。その視線は私ではなく、モニターの方を捉えていた。

モニターの光が消えていない。

うちのモニターは人感センサーがついているので、その場に人がいるとモニターが作動し続ける。

無精髭男は、まだうちの前に立っているのだ。

「ちょっと・・・普通、帰るでしょ」

お母さんは流石に恐怖を感じたのか、青い顔でモニターに駆け寄る。私も不気味になってきて、お母さんの後ろについていく。

私たち母娘と無精髭男のモニター越しの睨み合いは、その後10分も続いた。

男はインターホンを数分おきに押し、その度に周囲をキョロキョロと見回す。

「ねぇ、まだ帰らないよ・・・警察呼ぶ? お父さん、今日は夜勤で帰ってこないし」

痺れを切らした私は、堪らずお母さんに提案した。

お母さんはモニターを覗きながら考え込んで、何も答えない。

私は堪らず後ろの窓を振り返る。

カーテンは閉まっている。が、視力の悪い人でなければ、カーテンからこの部屋の明かりが漏れて、部屋に人がいることには気づくはずだ。

つまり私たちがインターホンに気づいていることは、向こうもわかっている。

もし本当に私達に危害を加えるような、凶器とかを持っていたらどうしよう。

モニターからでは、男の手元や足元までは見えない。その確認だけでもしよう。

私は恐る恐る、カーテンを少しだけ開けて、隙間から玄関の様子を伺った。


瞬間、ちょうど窓を見ていた男と目が合った。



「ひっ」


思わず声が漏れる。

「どうしよう・・・目が合っちゃった・・・」

私はお母さんに泣きそうな顔を向けた。

「えぇっ!! あんた目ぇ合わせちゃったの? もう、無視できないじゃない・・・」

「だって・・・」


ピンポーン。


インターホンが鳴った。

私達はビクッと跳ね上がる。そして、再び固まる。

「どうしよう・・・」

私の声は半泣きだった。

お父さん、悪口言ってごめん。もう言わないから、お願いだから今すぐ帰ってきて。

私は強く願った。私では、この状況をどうすることもできない。男の手元や足元なんか、目が合った恐怖で確認することもできなかった。


その時、意を決したように、お母さんがインターホンに手を伸ばした。

「出るの?!」

私は制したが、お母さんは黙って通話ボタンを押した。

インターホンからの音に反応して、男がモニターを覗き込む。

「・・・はい」

無精髭男は、思いのほか困惑したようにインターホンに話しかける。

「あのう・・・」

モゴモゴと、俯きながら話す。夜中にモニター越しに覗き込まれるのも怖いが、俯かれるとそれはそれで怖い。

「何か御用でしょうか」

お母さんが、刺激を与えないように、でも恐怖を気取らせない毅然とした態度で言った。

「こんな時間にすみません・・・あの、その」

私とお母さんはいつの間にか、がっちり手を組んで男の言葉を待っていた。




「お宅の、車のヘッドライトが点いたままになっているようで。このままだとバッテリーが上がってしまうんじゃないかと」

男は庭に停めてある車の方を見やりながら言った。


お母さんも私も拍子抜けした。


なぁんだぁ、そんなことだったのか。

お母さんも私も思わず吹き出してしまう。

「それはそれは、大変ご迷惑をおかけしました。どうもありがとうございます」

お母さんは通話ボタンを切るのも忘れて、車のキーを持ってパタパタと玄関へ走って行った。


あぁ、よかった。本当に焦った・・・。


私はインターホンの通話ボタンを切っておいてあげようと、ボタンに手を伸ばす。


モニターには、お母さんが男の人にペコペコ頭を下げて恥ずかしそうにしている姿が映る。

お母さんはそのまま車のある庭へ向かって、画面から消えた。


男はその後についていく。

モニターから離れた男の手に、包丁が握られているのが見えた。





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