マタブル記録と精神的な親離れ(まだ8割)
産後8日目
ドラクエの宿屋なら「昨夜はお楽しみでしたね」と店主が声をかけてきそうなほど飲んで騒いで飲んで飲んで搾乳して捨てて飲んで食べてを繰り返した翌朝。(胸が張って痛いから搾乳のために夜中数回起きる)
二日酔いセーフ!ふんだんに搾乳してこれでもかとアルコールを抜く作業。
実際にそれで抜けきったりすんのか?知らんけど。
10時授乳で産院に行く。
昨日授乳した部屋とは違う、空いてる病室。
ん?なんとなーく肌の黄染が引いてるような?それともそのまぶしいチェレンコフ光風の後光でそう見えるのか。
「授乳しながらお話聞かせてね」と、母ちゃん感のある看護師さん登場。
もうこれカウンセリングだった。
どういう気持ちがつらいのか。
その気持ちは10点満点だとすると何点くらいかな。
気持ちを言語化して、点数化して、自分の現状を客観的に把握する作業をひたすら繰り返してくれた。
「看護学校でも習ったし、実習でもやけに涙もろくんってるお母さん方もいたので、一時的なもんだってわかってるんです。だから解消するまでの辛抱だって分かってるんです」と言いつつ、今思っても【一時的な感情の昂ぶり】ではないレベルだったんじゃないかと思う。
死にたい、死ぬ方法は考えた、でも自分が確実に死んだ後になるべく迅速に娘が保護されるためにどういう準備をしていいかが分からなかっただけで。
あと新築建売の夫1人でローン組んでるこの家を事故物件にするのはさすがにってのも考えてた。
あの季節のトレンドとしては、やっぱり太陽の生み出す偉大な温かさを活用しようと思ってね。
出発前にどこに通報しておこうか、いたずらだと思って放置されたらどうしよう、夫の当直日を狙うから24時間として、もし放置されたらこの新生児も24時間放置、、おむつ濡れてもうんちでかゆくなっても、のどが渇いてもおなかがすいても、それこそ暑くて苦しくても誰も助けてくれないの?
そう思って結局行動に移せなかった。
訪問保健師さんにも、まるでカウンセリングな産院授乳中も、この死にたい気持ちだけはどうしても打ちあけられなかった。
確実に自殺企図は正常じゃないってわかってたし、決行する前提だったから止めてほしくなかったし。超尖ってるね。\カックイイー/
同時に「一時的なものなら早く治まってくれ」と祈る日々。決行前に収束してくれて本当に良かった。
産後9日目以降~~
とにかくそんなこんなで、産院カウンセリング受けたりね、自宅に来くれた市の保健師さん(本当は生後1か月頃の新生児訪問で会う人なんだけど、産院が「あの褥婦やべっから早めに行ってあげてほしい」的な連絡をしてくれた)の勧めで産後初の夫当直日は産後ケアで助産院にお泊りさせてもらったり。(お盆期間で本当は受け入れてなかっぽい。)
ありがとうございます。横須賀市かもめ助産院様。
助産院のほうでは、とりえず部屋に引きこもって過ごしてた。
同じ建物のなかに第三者が、それも助産師さんが常駐してくれている環境ってことがとにかく安心。
わたし、コミュ障のわりに外面めちゃくちゃいいからヤケを起こしそうにも人がいることでセーブしてくれる。乳腺炎で熱を出してた2日後のショートステイだったんだけど乳房ケアもしてくれたし娘の沐浴してくれたし、私のシャワー中は泣いたら抱っこしてくれてたから焦らずドライヤーもして。
次があるなら助産院で出産するのもいいかもなーなんて思ったり。
(でもトラブルがあったら分娩室の隣の手術台ですぐ切ってもらえる産院の安心化感は捨てがたい。しかし助産院なら子連れ入院出来るしなぁ。)
市の保健師さんは「次の当直の日も空いてるか聞いて、空いてるなら泊まっちゃいましょう」とめちゃくちゃ推してくれたんだけど、「忙しいでしょうし私のことはいいから」と孤高の褥婦モードになっちゃってて断るという。
あーーーーんなに親切にしてもらってたのに、なんでそんなに親切にしてくれるのかが分かんなくて怖くなっちゃってたんだよね。
国に頼まれたわけでも、市に頼まれたわけでもなく、自分たち夫婦が望んで授かって産んだだけで、なんでこんなに親切にしてくれるのかが怖くなっちゃって。ショートステイは市が決めてる自己負担金払ったけど(それでもはみ出た分は市が補助してくれてる)、産院カウンセリングも保健師さんの訪問もお金払ってないし。
(謙虚だったからそのご褒美で今5兆円ほしい。5億でもいい。)
これね、他人が同じ状況で市の介入受けまくってたら「そうだそうだ、こういう人にこそ私がこれまで納めた市民税をつかってくれ。新生児育ててるママが夫当直でワンオペ?夫なんか放っといて5泊くらいしちゃいなよー」とか思えるのに、自分のこととなるとなんで「大丈夫大丈夫。もっとしんどい人いるし、私はこの子の世話だけでいいから全然頑張ってないほうだし」とか思っちゃうんだろうね。
母とのトラブル(結婚後何度目だ?知らん)
まあそんな感じで過ごしてね、ちょっと期間が開いちゃあったから結構わすれちゃってるね。
色々すっとばして無理にでもマタブル記録は完成させていく方針なんだけど。
鮮明に覚えてることがあってね。
産後退院してマタブルMAXの時期までに、孫の様子を知りたい母からラインでちょくちょく連絡があったんだよね。最初はまともに返事をしてたんだけど、限界を感じた時に
「産後の情緒不安がきつくて、今どんな刺激も受けたくない状況だから、悪いんだけど連絡を控えてほしい。大丈夫になったら必ず連絡を入れるから」とラインを返したんだよね。
「わかった」と返事が来たのに、その後それまでにも増してスタンプが届くようになってね。
「こいつトドメ刺しに来てんのか?」と真剣にその頻回に届くスタンプの意味を考えたわ(笑)
おかげで「本当にやめて、本当に苦しい、生む前に戻りたいって思いながら育てて苦しい」と八つ当たり返信をしたおかげで、自分の気持ちを夫にも表出する(というかそれまで黙りっぱなしだったのに、それからは泣きながらでも喋れるようになった)きっかけになったんだけど。
母の事ちょっと苦手だけど、「ああ、この人私とは合わないな」と確信したきっかけでもある。
それまでは何か思うところがあっても、
・タイミングが悪かったかな
・そういううっかりもしちゃうよね(前年に私の兄に私の妊娠を勝手に伝えたのに、流産したことは伝えず私と兄が気まずい会話をするはめになったことなど)
・おかんも働いてて忙しいだろうし
・まあ私もきついこと言うし
・おかんも大変だし
と母をかばうような思考に行き着いてたんだけど(正常化バイアスっつうの?)、このスタンプたくさん届いたのは本気で意味わからんかった。
理由も伝えて、やめてほしいって言って、こっちから連絡するとまで伝えてるのにスタンプたくさん。
「心配してるんだろう」とは察しがついたけど「相手がどういう状況でどうしてほしいかを聞かされてても、自分のことのほうが大事なんだな」と母を客観的に見て、本当の意味で親離れできた気がする。
また書けるときに駆け足でまとめていくよー!読んでくれた人、ありがとうございました!
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