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天国

天国の人々には記憶力がありません。人々にはこれまでのこともこれからのこともありません。人々は言葉を持ちませんが言葉のない歌で意味を伝え合うことができます。人々の胸からは蔓が伸びており、人々の体に巻き付いております。蔓は日ごとに成長し、人々の体を覆い隠すようになった頃、人々は直立したまま植物となって地面に根を張ります。天国には広い森があり、その奥に静かな泉を有します。ごく稀に泉の周辺の時間が遡行することがありますが、誰にも気づかれることはありません。天国は白を基調としていますが、ただ一つ黒い煉瓦で建てられた黒い建物があります。建物から伸びる煙突は灰色の煙を細く絶え間なく吐き出し続けます。よく耳を澄ませてみると建物から産声が微かに漏れているのが分かります。人々はこの建物に決して立入りません。天国では地上と同じように朝と夜が交互に巡ります。夜になったころ、人々は中心を横切るように流れる川へ入り、水を浴びます。水はすべてを洗い流して不足を満たし、人々は新しい生を得ます。頃合いになると人々は横になり、目を閉じ、眠りに就きます。眠る人々はほのかに白く光ります。よく見てみるとわずかに浮遊しているのを確認することができます。日が回転し、朝が来ると人々は目を覚まします。眠りを終えた人々は最初に色とりどりの花に水をやります。水をやると花々は生き生きとし、それに呼応するように人々の胸から出る蔓が少しだけ伸びます。人々は同じ日を繰り返すように新しい一日を過ごします。しかしこれは本当の意味で繰り返しではないことを天国だけが知っています。

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