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疾風

森の中を駆けている。視界の中央から端へと木々が流れ去っていく。私は足で地面を蹴っているのだろうか。それにしては視界の上下がない。風景は滑らかに後方へ落ちていく。あるいは飛行しているのかもしれない。確かに地面を踏み抜く足音が聞こえないようにも思う。聞こえるのは短く鋭い呼吸音と風を切る音、そして重く響くような心拍音、微かな葉の擦れ合う音だけだ。熱った身体は薄く全体に汗を纏っている。風が気持ち良い。私は焦燥を感じている。追われる焦燥か、追う焦燥か。それは判断できない。私は、駆けている(あるいは飛んでいる)。

森を滲むような速度で進むと、前方に光が見える。森が終わるのだ。霞んだ白光に目を凝らす。白い塊の中に長方形の影が見える。それはおそらく白い扉であった。私はその先へ行きたいと強く願っている。閉じたままの扉が近づく。このままでは衝突する、とその距離になって扉はひらく。眩い潮風が吹き抜けて、瞬間私は悟る。扉の先は、崖だ。

その時、視点が移動する。私は森が寸前まで迫った崖を空中から眺めている。真横から眺めている。崖は鋭角で、先にあの白い扉が立っている。何者かが森を抜ける音が聞こえる。爽快な音が響いて白い扉が開かれる。そして影、逆光の人影が扉から弾き出されて宙を舞う。背景には空と海が遠くぼやけた水平線に隔てられている。時間の流れがほとんど止まったかのようになる。静寂がある。あれは私だ。直観的にそう理解できる。氷が急速に溶けるように時間の流れが元の速さを取り戻す。そしてホワイトアウト。私の意識は光に溶け込んでなくなっていく。

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