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ココアの熱を奪うわたし
私は好きな人の好きなものをよく好きになります。
キリンレモンを初めて飲んでおいしいと思ったのも、ポケモンにめちゃくちゃハマったのも、CoCo壱のカレーが夕飯の選択肢に加わったのも、好きな人がこれいいよ、と言ったからです。
ちなみにこの好きな人とは、男女問わず、恋愛かどうかを問わず、の好きな人のことです。
こう書くと自分がないみたいに思われるかもしれないけれど、好きな人が好きなもののことを話している時のあのキラキラした目と熱のこもった語り口調が好きで。
もちろんそれきっかけで仲良くなりたい気持ちがあるのも、それはそうなんだけど、少しでも同じ気持ちを感じたいと、そしたら好きなものが増えてハッピーじゃんと思っています。
実際、ハッピーです。
その後好きな人との距離が離れても、好きになったものはずっと好きでいることができて、独自の好きの形に進化してゆくから。
大学で付き合っていた彼は、日本酒と、味噌と、甘いものが好きでした。
お酒を飲むようになって間もなかった私は、「冬は熱燗だよね」と言って季節を感じながら日本酒を飲む様子がとても大人に思えて、一緒にいろいろチャレンジしているうちに、すっかり日本酒が好きになりました。
名古屋出身の彼は何にでも味噌をつけました。本当は私は何にでも醤油をかけて食べるのが好きだったけれど、嫌われたくないからそれは言えなくて、でも、味噌味のものってこんなふうに楽しめるんだなぁと、新しい味覚を発見してわくわくしました。
ところで、私は果物や生クリームのような、普通女の子が大喜びするような、甘いものがそんなに好きではありません。ショートケーキ、フルーツタルト、パフェなどの写真を見てもときめかないし、地元がさくらんぼ農家の同期が会社で採れたてのさくらんぼを配り始めても、試練のような気持ちでしか受け取れません。
「食後のデザートは欠かせないよね。何にする?ケーキいろいろあるよ。」
彼はたくさんお酒を飲んだ後でも絶対にデザートを注文する人でした。
なんなら男性同士だとなかなかそういうのを注文できない分、デートの時こそ甘いものを食べたいと思っている節がありました。
無邪気にデザートを選ぶ彼を前に、私はそういった類の甘いものが苦手なことを言い出せるはずがありませんでした。
もしかしたらずっと一緒にいるうちに甘いものも好きになるかも、と思っていました。
理系の彼は大好きな物理の勉強のお供によくココアを飲んでいました。
甘いものを摂取したほうが頭がよく回る、と言って。気持ちはわからなくありません。
一緒にココアを飲むようなことはほとんどありませんでした。
ただ、1度だけ覚えているのは、バレンタインデーに「花より団子」のドラマにあこがれて、恵比寿ガーデンプレイスでデートをしたときのことです。
とても寒い日でした。彼が自販機でペットボトルのホットココアを買いました。
既に手作りのチョコレートケーキをプレゼントしていたのに、さらに歩きながらココアを飲むんだ、ということに驚きました。
「ココア、飲む?」
一口もらうくらいのココアなら飲もうかな、と受け取ると、寒さでかじかんでいた手に温かいココアの熱が広がります。
喉にはりつくような甘ったるいココアもその時ばかりはとても尊い味がしたような気がします。けれど覚えているのはどちらかというとその温かさの方で。
彼は大きめのコートのポケットに飲みかけのココアの入ったペットボトルを入れて歩いていたので、私は時々そのポケットに手を入れて、暖を取りました。
彼もそのポケットに手を無理やり入れてくるので、「ポケットがぎゅーぎゅーでちぎれちゃうよ」と笑い合いました。
家が離れていたし、大学の授業やサークルが忙しくなると、お互いに時間がなかなか作れなくなっていきました。
いつでも電話できるからと、カップルでしゃべり放題の電話を買おうと言い出したのは彼の方なのに、すっかり電話も面倒くさくなったのか、つないでいても無言の時間が続き、結局そのまま半分自然消滅のように、お別れすることになりました。
あの電話をしていた無言の時間にも、彼の机にはホットココアがあったのでしょうか。
私は、ココアのように彼のそばに寄り添えなかったし、彼が好きだったココアを好きになるところまで、一緒にいることはできませんでした。
でもあの日、あの時、ココアの熱を奪うわたしと彼との甘い時間の記憶は、ありふれているからこそ奇跡のようで、今も切なくも私の心を温める優しい熱を帯びています。
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