フラグ

「何それ、フラグ?」
 私の目標を聞いて、友人は笑った。私は、社会人として成功したい。意識の低い仲間たちとへらへらしている日々はうんざりだ。
 低学歴でも無職でも、成功してロールモデルになりたい。
「そうやって笑ってればいいよ。私は、絶対にやるから」
 とはいえ、何から始めて良いかわからない。
「大企業でバイトでもしようかなあ」
 大きな会社の前でそう呟く。そこへ、トラックが止まった。気づけばトラックの前には長い列ができている。
「なんの列ですか?」
 大企業の制服を着た男性をつかまえて聞く。
「フードドライブだよ。大企業なりの社会貢献ってやつで、毎週やってるんだ」
 ボランティアなら、私でも活躍できるかもしれない。でも、断られたらどうしよう。
「今日はいつもより配る数が多いみたい。手、空いてる人いない」
 制服を着た女性が男性に話しかける。
「あの、お手伝いしたいです」
 思い切ってそう言うと、男性は笑顔で、じゃあ、よろしくと言ってくれた。

 それから、フードドライブでのボランティアが始まった。
 毎回忙しかったけれど、社員は皆優しい。いつも頑張ってるね、と褒めてくれる。
 やっぱり、私はやればできるんだ。
 ボランティアを始めて数ヶ月経った時のことだ。
 「前の人と中身が違うんだけど」
 若い男性が声をかけてきた。険しい表情だ。
「えっと……」
「食料の内容に差があるって言うの。ちゃんと確認してる?」
 問い詰められて、頭が真っ白になる。そこへ社員が駆けつけて、男性に謝罪する。
「大丈夫だった? 気にしなくていいから」
 男性が去った後、そう言ってくれたものの、社員はどこか白けた表情だ。
 いつも声をかけてくれていた他の人たちも、遠巻きに見ている。顔が赤くなる。
 きちんと対処できなかった。失敗した。

 足取り重く、家に帰る。みんなの視線を思い出して、ひとり頭を抱える。
 絡まれた時、誰も助けてくれなかった。涙が出そうになる。
 社会ってそうなんだ。こんなんじゃ、成功なんてできるわけない。
 成功、と考えて思い出す。
 成功する、と言って友人に笑われたことを。
「なにそれ、フラグ?」
 そうじゃない。夢は失敗のフラグなんかじゃない。失敗しても、立ち上がったらいい。
 私は起き上がり、机に向かった。

「なに、これ」
「クレーム対策です。来てもらった方への対応マニュアルと、こっちは品物を入れる時のチェックリストです」
 私が見せた書類を見て、社員はふうん、と言う。周囲が注目しているのがわかる。
「この間は、ご迷惑おかけしました。私、皆さんに気持ちよく利用していただけるよう、考えたんです」
「ちょっと、あずかるわ」
 上司に呼ばれて社員はそそくさと書類をポケットに入れた。

「今、話できる」
 フードドライブのリーダーに呼ばれたのは、それから数ヶ月後のことだった。
「この前作ってくれたマニュアル、上司に見せた」
「えっ、そうなんですか」
「よく考えられてるって褒めてた。みんなも」
「本当ですか! ありがとうございます」
 思わず声が高くなる私に、リーダーはそれでなんだけど、と言う。
「うちで働かない」
 突然のことに声が詰まる。
「初めはバイトからだけど。正社員を前提にって話があって」
「ぜひ、お願いします! 一生懸命やります!」
 リーダーは笑って、上に伝えとく、と言った。

「えー、よかったじゃん」
 バイトをしながら、会社のインターンとして働き始めたと言うと、友人は言った。
 ソファに寝転んで雑誌を捲りながら、あくびをする。全く関心がなさそうだ。
「ありがと」
 私は笑って言う。
「フラグだって言ってくれたおかげだよ」
「え? 言ったっけ? そんなこと」
 友人は雑誌から目を離さない。ため息をつく私の横で、スマホが鳴る。
「えっ、やば!」
「どしたー?」
「緊急の打ち合わせ入った!」
 友人の部屋を出て、会社へ向かう。後ろから友人が、間の抜けた声でがんば、と言う。