うそ

「結局、売れるのが大事なんだと思う」
「でも性別を隠してメジャーって、やっていけるの?」
「仕方ないじゃん。その方が話題で、売れるんだから。売れなきゃさあ……」
 言葉をにごし、友人から目を逸らす。デビューの話は昨日、SNSに届いた。その条件は、性別を隠すことだった。
 自分でも自覚するほど中性的な声と歌い方だったから、男性かもと思わせる、そういう売り出し方もありか、と思った。しかしなんとなくひっかかるものも、確かにあった。
「別にあんたのことだから、口は出さないけど」
 友人は背筋を伸ばして椅子の背にもたれる。私は合間を持たせるように、コーヒーを口に運ぶ。
「どっちにしろ、楽しく歌えるといいね」
 コーヒーを無理やり飲み込んだ。
 それからデビューの準備で忙しくなり、相談をした友人とも疎遠になった。

「Sinの新曲来た!」
「ここ! やっぱいいよね」
「男だと思う? 女かなあー」
「絶対、男がいい!」
 隣の席で女子学生たちが盛り上がっているのが聞こえる。
 何年か前友人に相談を持ちかけたカフェの店内は変わらない。私は一人でアイスティーを飲む。帽子とサングラスをつけたままだ。
 撮影がある時も髪の先とか後ろ姿の影しか写さないけれど、念のため気は抜かない。
 新曲はネットでの評判も良い。売れ行きも好調だ。性別不明の歌手をはじめて三年になるけれどきちんとできている、と思う。
 それなのに、この感じはなんだろう。性別を隠しているということだけではない不満がある。
「女だったら?」
「えー、ショック!」
「たしかに。なんか騙されてたって感じするよね」
 笑い声を後に、アイスティーを少し残して私は席をたった。

 友人と再会したのは、それから半月後だった。
「おー。髪のびた?」
「マンションにこもりきりだから。それに、長い方がいいでしょ」
 椅子に音を立てて座る。友人のバッグから、今週の週刊誌がのぞいている。
「こもりきりって、この記事のせいで? 長い方が、あんたって判らないからってこと?」
 友人は週刊誌をバッグから抜き、めくる。目に入る見出しは“人気歌手Sinの正体判明……”
 その記事は自分でも買って、何度も読んだ。こうやって終わるんだ。読み終えて、そんなふうに思ったのを覚えている。
「いま、傷心なんだけど」
「ぜんぶ失ったもんね。まあ世間に嘘ついてたんだし。仕方ないよ」
 ミントが邪魔で、サイダーが飲みにくいし炭酸が喉に痛い。グラスを置くと、友人と目が合う。数年前に、同じ席で言われたことを思い出す。なにかが、頭を通りすぎた。しばらくして、私は口を開く。
「嘘をついてたのは、周りにじゃない」
「え?」
「自分に嘘をついてたの。売れなきゃ、やってても仕方ないって」
 友人がかすかに微笑む。
「なにがあっても続けたい。売れても、地の底にいても」
「そっか」
 友人は、それから知り合いが結婚するという話をして、話題は最近見た映画にうつった。私は真面目に聞いたり時々適当に相槌をうったりした。
 席を立つ間際に飲み干したら、サイダーの泡はすっかり抜けていた。