新生活

 受験の末、第一志望の大学に合格できた。大学デビューしないと、と思って張り切っている私に、姉が言う。
「楽しむのもいいけど一番大事なこと、忘れないようにね」
 アドバイスは適当に聞き流して、服を買いメイクの勉強を始める。でも、いざおしゃれをして外に出ようとしても恥ずかしくってできなくなってしまう。
 結局、普段通りの服でオリエンテーションに参加する。教室に入った途端、場違いな自分に気づく。周りはみんなオシャレで素敵な格好をしている。もうサークルの話をしていたり名刺を交換なんかしていて、名門校の大学生らしい。その日、当然のことに、私は誰からも声をかけてもらえなかった。
 家に帰って泣きに泣いた後、これじゃいけない、今からでも遅くない、と私は思い直す。授業が始まる頃には絶対に周りに馴染んでいないと。それからフルメイクで外に出る練習もしたし、服のコーディネートも充実させるようにした。どのサークルに入ればいいかも検討をつけて、授業の予習ももちろんしっかりとする。
 受験以上の努力をしたおかげで、新学期が始まってから周囲に馴染み、サークルにも入って友達もできた。授業も毎回出て、学生生活はこれ以上になく順調だ。
 それなのに、ゴールデンウィークのあたりから何かがおかしくなった。なんとなく毎日が辛くなり、大学に行きたい、と思えない。
「さつき病かもね」
「うーん」
 とりあえず休むことにした日、相談すると姉は言った。
「学生生活、充実させるために頑張り過ぎたんじゃない」
「そうかな……」
 部屋に戻り、数ヶ月前の姉の言葉を思い出す。
「楽しむのもいいけど一番大事なこと、忘れないようにね」
 その時、本棚の文庫が目に止まる。カントの「永久平和のために」だ。面白くて何度も読んだ。自分もこんなふうに考えたい。哲学を本にして、世の中に残したい。そう思って、勉強も頑張った。それで、今の大学にいる。初めはそれだけだった。充実させなきゃとか、勉強も遊びも頑張らないととか、いつの間にか少し違っていたかもしれない。そんな気がしてくる。
 その時、スマホが通知を知らせる。友達からだ。
「元気なった〜? 今から飲み行かない?」
 少し考えて迷った挙句、私はこう返す。
「ごめん、今日は無理。また誘って!」
 また誘われても、多分乗らないことはわかっている。文庫を手に取り、机に座る。ノートを開いてシャープペンで三行ほど書き写す。その横に、書き足す。
「ここは違うと思う。私の考えでは……」