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#04 スピリチュアルケアをする人には重さを受け留める心の支えが必要



~過去投稿はマガジンから~

最期を迎える人たちが発する答えを出せない質問に対して応えてあげることがスピリチュアルケアだと認識している人は、残念ながらまだ少数です。

スピリチュアルケアは科学ではないので、
誰がやっても同じ対応になるというわけではありません。

ケアをする人それぞれの人生での体験や考え方から導き出されるので、
対応は人それぞれ、地域によっても国によっても異なります。

スピリチュアルケアの実践者としての私のイメージですが、
スピリチュアルペインに苦しんでいる人たちは、
明確な答えを求めているのではなく、誤解を恐れずに言えば、
「何もしない人」を求めているように思います。

つまり、その人の問いかけに対して具体的な回答を出すことではなく、
問いかけを誠実に聴いて、受け留めてあげることではないか、
そんな気がしています。

重い問いかけを受け留めることは、受け留めるほうが心に重いダメージをうけるので、
スピリチュアルケアは医療関係者や宗教家など、ある意味でのプロでなければできないように思われがちですが、
そうではありません。

とくに最期を迎えつつあるがんの患者さんは、体のあちらこちらに痛みを感じます。
患者さんの「痛い」という言葉に、
医師は鎮痛剤を注射したり、看護師なら温めてみたりするかもしれません。

しかし、それで100%痛みがなくなるかというと、そうはなりません。

患者さんが「まだ痛い」といえば、医師や看護師はさらにいろいろ手を尽くします。
その意味で、医師に限らず看護師もケアマネージャーも、いわば「解決策を探し出し、動く人たち」なのです。

もちろん、場合によってはそうすることが正しいこともあります。

しかし百方手をつくしても、最後の最後は打つ手がなくなります。

それは果たして患者さんが「こうありたい」と望む意志を汲み取ったことになるのでしょうか。

医療関係者がスピリチュアルケアをした場合、
どうしてもさまざまな処置を施してしまい、
患者さんの意志が反映されにくくなる可能性がないとはいえないのです。

ならば、スピリチュアルケアは宗教家が受け持つほうがよいのでしょうか。

確かに宗教的な考え方がバックボーンにある人のほうが、
スピリチュアルケアになじみやすいという面はあります。
しかし、宗教でなくとも、先人やお年寄りたちの言葉など、大事なことはケアする人に何かしら心の支えがあれば、
スピリチュアルケアは可能だと思います。

私の場合は、私自身が僧侶なので、たまたま仏教がバックボーンだっただけのことです。

スピリチュアルケアをするには、何かしら心の支えがあるほうがよいとは思いますが、たとえ心の支えを持っていても、
夫や妻、子どもはスピリチュアルケアには向いていないと思います。

なぜかというと、あまりに患者さんと近すぎるので、心が揺れてしまうからです。

私は主人を自宅で看取ったわけですが、
たまたま看護師としての医療的な知識を持った家族であったため、
多少心を強く持てたという面があります。

まったく医療の知識がなく、終末期にある人の訴えを聞く家族の心を考えると、大変な重圧であり、実際はただただうろたえるばかりでしょう。
家族でなくても、患者さんと近しい関係にある人も向いているとは思えません。
患者さんと近しければ、やはり心が揺れてしまうからです。

では、どういう人が向いているかというと、
本人と少し距離のある人のほうがよいと思います。

例えば夫が終末期を迎えている場合なら、
妻の親(義理の父親や母親)、義理の兄弟、友人や知人のような、
患者さんと同心円でも中心から少し距離のある人たちのほうが、その分、
心の荷物が軽いの相手の話を受け留めやすいと思います。

そうはいっても、最期を迎えつつある人の気持ちを受け留めると、
受け留めるほうの心には重いダメージが残ります。

事実、私もこの仕事をしていると、常に重いダメージを受けます。

ですから、スピリチュアルケアに従事している人は、
自分の心の内を吐き出させてくれる人を必ず持っています。

重いダメージをかかえたままでいると、
自分が押しつぶされてしまうからです。
それほどスピリチュアルケアは重たい行為なのです。

※本コンテンツはCOCORO 38号をもとに再構成しています

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著者プロフィール

玉置 妙憂(たまおき みょうゆう)

看護師・僧侶・スピリチュアルケア師・ケアマネ-ジャー・看護教員

東京都中野区生まれ。専修大学法学部卒業。国際医療福祉大学大学院修士課程保健医療学看護管理専攻看護管理学修士。
夫の“自然死”という死にざまがあまりに美しかったことから開眼し出家。

高野山での修行を経て高野山真言宗阿闍梨となる。現在は非営利一般社団法人「大慈学苑」を設立し、終末期からひきこもり、不登校、子育て、希死念慮、自死ご遺族まで幅広く対象としたスピリチュアルケア活動を実施している。
また、子世代が親の介護と看取りについて学ぶ「養老指南塾」や、看護師、ケアマネジャー、介護士、僧侶をはじめスピリチュアルケアに興味のある人が学ぶ「訪問スピリチュアルケア専門講座」「訪問スピリチュアルケア専門オンライン講座」等を開催。

さらに、講演会やシンポジウムなどで幅広くスピリチュアルケア啓発活動に努めている。

著書『まずは、あなたのコップを満たしましょう』(飛鳥新社)『困ったら、やめる。迷ったら、離れる。』(大和出版)『死にゆく人の心に寄りそう 医療と宗教の間のケア 』(光文社新書)、他多数。
ラジオニッポン放送「テレフォン人生相談」パーソナリティ。