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〝住まい〟から始まる未来 一人でも安心して暮らせる街に|【特集】あなたの知らない東京問題[COLUMN]

東京と言えば、五輪やコロナばかりがクローズアップされるが、問題はそれだけではない。一極集中が今後も加速する中、高齢化と建物の老朽化という危機に直面するだけでなく、格差が広がる東京23区の持続可能性にも黄信号が灯り始めている。「東京問題」は静かに、しかし、確実に深刻化している。打開策はあるのか——。

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文・編集部(川崎隆司)

東京では、単身高齢者が入居を断られるケースが増えている。住居を通じて、入居者と社会をつなげようと奔走する事業者らを追った。

「『人生60歳まで』と思って生きてきた。子供も独立し、授かった残りの人生を一人気ままに過ごすつもりでいたが、歳を重ねるごとに、社会の支えの中で生きていると実感する」

 社会福祉法人「悠々会」(東京都町田市)の居住支援サポートを受けながら一人暮らしをする富田幸三さん(仮名、85歳)は、小誌の取材に対し、窓の外を眺めながらそうつぶやいた。

 東京でひとり——。それでも安心して暮らせる社会が今、求められる。

 地価や家賃が高騰する東京圏では、単身高齢者や一人親世帯、障害者といった要配慮者の住居確保が大きな課題となっている。国土交通省住宅局(2015年)によれば、地方公共団体が低所得者向けに賃貸する公営住宅の応募倍率は、全国平均5.8倍に対し、東京圏では22.8倍にものぼる。

 世帯の高齢化と単身化が危機に拍車をかける。東京都の高齢者(65歳以上)世帯数は全国で最も多いが、そのうちの単身世帯の割合(59%)も全国トップである。さらに、東京都の単身高齢者の数は今後も増加していく(下図)。

東京都の一人暮らし高齢者は今後さらに増加する

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(出所)「東京都の高齢世帯(世帯主が65歳以上)数の推移」
 (2019年、東京都政策企画局資料)より

 23区でも対応する動きが出てきた。中野区は19年1月から、全国の自治体で初めて、民間賃貸住宅に単身で暮らす高齢者などへの入居支援制度「あんしんすまいパック」を開始した。週2回の電話や室内ライト点灯の有無による安否確認、居室内死亡時の遺品整理、原状回復など、中野区が協定を結んだ民間事業者が提供するサービスの加入者に対し、区が費用の一部を補助する。

 導入の背景について、中野区都市基盤部の池内明日香住宅課長は「単身高齢者が賃貸住宅の入居を断られる事案が増えてきた」とし、サービスの意義をこう語る。

「単身高齢者は孤独死リスクのイメージを伴う。居室内で死亡した場合、発見が遅れると物件は大きくダメージを受ける。こうした大家の不安を軽減させるためのサービスに区が費用補助を行うことで、より多くの入居促進につながればと考える」

 町田市を拠点とし、特別養護老人ホーム経営やデイサービス事業を展開する社会福祉法人「悠々会」は、13年から居住支援事業を開始した。単身高齢者から生活保護受給者、精神障害者、さらには家出少女やDV被害の主婦まで、約60人の利用者の身元は多岐にわたるが、みんな何らかの事情で住む場所に困り、悠々会を頼った。事業ではまず彼らの要望を丁寧に聴き、物件選定から家賃交渉、さらには同法人名義で物件を借り上げ、見守り設備の取り付けなども行う。

 事業担当の鯨井孝行氏は「我々の役割は、彼らの住む場所を用意し、そこを起点に、彼らと地域とをつなげていくことだ」と語る。利用者が住む町の市役所や支援センター、ときには地域の町内会にいたるまで、彼らと行動を共にしながらその輪を広げていく。

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居住支援利用者の自宅で近況を語らう、悠々会の鯨井氏(左)(WEDGE)

 冒頭の富田さんが以前住んでいた住居は、急な坂道の中腹にあった。足を悪くしながらも、2カ月に1度、過去に手術を受けた世田谷区の病院まで通っていたが、ある日の帰り道に自宅前の坂で転倒し、駆け付けた高齢者支援センターから悠々会に連絡があった。

 鯨井氏は、転居の手続きに併せて、世田谷区の病院からカルテを取り寄せ、転居先近くのクリニックによる訪問診療へと切り替えた。現在、富田さんは足に負担をかけることなく自宅で必要な検査を受け、薬を受け取ることができているという。

「私は元来人間嫌いで、集団行動が苦手。老人ホームには入りたくないが、一人で生きていくのはやはり難しい。些細なことでもすぐに相談できる鯨井さんの存在は救いだ」(富田さん)

 悠々会の陶山慎治理事長は「日本の福祉は、介護度が重度化した人を支援する施設や取り組みはあるが、その手前で踏み止まり、住み慣れた家や地域で自ら生活する人や、本人の努力により病院や施設から社会復帰した人を継続的に支援する仕組みが未発達だ。居住支援を通じて、彼らを称賛し、寄り添い、ときに支えられる存在でありたい」と、その活動の意義を述べた。

高齢者と学生が〝ひとつ屋根の下〟に

「19歳で職を求めて上京してから60年、この東京という街で多くの人たちに支えられながら生きてきた。自分が受けたその恩を、同じ境遇にある若い世代に返していきたい」

 そう語るのは、東京都練馬区在住の飯野愛さん(79歳)。4年前に夫を亡くし、一軒家で一人暮らしとなった後、NPO法人「リブ&リブ」の紹介で、学生を低家賃で自宅に住まわせる活動に参加した。

 同法人が運営する「異世代ホームシェア」事業では、都内に住む一人暮らしの自立した高齢者と、地方から就学目的で上京する大学生とをマッチングする。学生は高齢者の自宅の一室に同居し、月の費用は光熱費・雑費として原則2万円のみ。都内の家賃相場と比べかなり安い。現在はコロナ禍の影響で一時的に新しいマッチングを控えているが、設立から9年で約20組の高齢者と学生のペアを成立させた。

 同法人の石橋鍈子(ふさこ)代表理事は、30年にわたり、在日米国大使館で国際交流に従事した経歴を持つ。異世代ホームシェア事業を日本で始めたきっかけについて、石橋代表は「定年を迎え、老後をどう過ごそうかと周りを見渡すと、日本には、高齢者の選択肢は少なく、周囲に遠慮しながら老人ホームで生活を送る方が多いと感じた」と語る。新たな選択肢を海外に求め、スペインのバルセロナで異世代ホームシェアに取り組む団体を訪問し、そこで5組のシニアと若者のペアがとても幸せそうに同居生活を語る様子を見て、その文化を日本に取り入れる決心をした。

 今年の3月まで、前出の飯野さんと生活を共にした新谷真理さん(仮名、20歳)は当時、看護学校に通う大学2年生だった。大学入学当初はアパートで一人暮らしを始めたが、4人兄弟の中で育ったそれまでの環境とのギャップに勉強の忙しさも重なり、体調を崩したという。休学も考えたさなか母親を通じてリブ&リブを知り、登録した。

 新谷さんは同居していた当時を振り返りながら「病院実習で大変なときに話を聞いてもらったり、料理を教えてもらったりしながら、誰かと一緒に暮らす安心感を取り戻していった」と語った。また、看護学校で学んだ技術を生かして、飯野さんの血圧を測定し、日々の体調の変化を気遣いながら、コミュニケーションを図ったという。

 地域福祉を専門とする法政大学現代福祉学部の宮城孝教授は「従来の社会福祉は、児童、高齢者、障害者など、住民の属性に応じて支援してきたが、単身世帯化や一人親世帯の増加により家族の扶養機能が低下したことで、助けを必要とする対象者の幅が広がっている。福祉の取りこぼしを防ぐためには、全ての住民に共通する生活基盤である住まいの安心と安全の確保から始めるべきだ」と指摘する。

 仕事、結婚、転居……。人生のどの選択肢を選んだとしても、そこに確かな住まいがあるからこそ、我々は日々、安心して眠りに就き、その先の未来を夢見ることができるのではないか。

出典:Wegde 2021年8月号

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