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「枯渇」叫ばれる水 資源の特性踏まえた戦略を【特集】資源ウォーズの真実[PART3-1]

現代文明を支える「砂」、「土(レアアース)」、「水」――。世界ではいま、これらの戦略資源の奪い合いが起こっている。ありふれた素材の「砂」は高層ビルから半導体まであらゆるものに使われ、「土(レアアース)」は世界の自動車メーカーが参入する電気自動車(EV)に欠かせない。そして生命に欠かすことのできない「水」……。それぞれの資源ウォーズの最前線では何が起こっているのか。

資源ウォーズ看板

編集部(吉田哲)

水問題と言えば、水資源の枯渇や争奪戦を連想してしまうが、それだけが全てではない。他の資源とは異なる特質を踏まえた対応が求められる。

 フランス産ミネラルウォーター「ボルヴィック」の水源が枯渇しているというニュースが5月下旬、世界を駆け巡った。仏食品・飲料大手ダノンの工場が取水しすぎて地域住民は農作物を生産できない状態になっているという。

 世界的な人口増加や経済発展、気候変動などにより、水資源の枯渇が叫ばれている。国連の「世界水開発報告書2021年版」によると、世界で16億人が満足に水へアクセスできない生活を余儀なくされている。30年には、世界人口の4割にあたる34億人が水不足になるとも予想されている。

「ダボス会議」で知られる世界経済フォーラムの年次総会に合わせて発表される「グローバルリスク報告」でも、影響が大きいものとして、「水危機」が15~20年にかけて毎年トップ5に入った。これは、世界の政府やグローバル企業、市民団体へのアンケート調査に基づいている。21年は「天然資源危機」と食料など他の資源とまとめられた形で大きなリスクとされている。

 世界各国やグローバル企業が水資源に大きな関心を寄せる背景には、水が製造業はじめ幅広い産業とのかかわりを持っていることにある。台湾では現在、56年ぶりの⼲ばつに襲われ、スマートフォンや自動車などの機械機器製造に影響を及ぼしつつある。

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台湾・日月潭で今年5月に起きた干ばつ。「水不足」は世界共通の課題だ(REUTERS/AFLO)

 昨年、台風が一度も上陸しなかった台湾では、今年に入っても降雨が少ない。取水制限や計画断水といった判断が日々なされている。

 その影響を直に受けているのが半導体の製造だ。「半導体はとてつもなく小さなごみがついても回路の断線やショートが起きるため、限りなくきれいな状態を保ち続ける必要がある。400~1000もの製造プロセスがあり、多くの工程ごとに水で洗浄しなければならない。使う水も化学物質が含まれていない超純水が求められる」と日本半導体製造装置協会の小林章秀事務局長は話す。十分な水を確保できなければ、製造はままならないのだ。

 世界の半導体の半分以上が台湾で生産されており、操業停止となれば、さまざまな工業製品へ影響が広がる。このほか、自動車や機械部品に対しても多くの水が使われており、水の保有状況が世界の製造現場、またはその先の経済をも動かす要因となっている。

 水資源に対し、市場の動きも活発だ。野村アセットマネジメントは、世界の水問題解決へ向けたファンドを07年8月に設定し、水質改善や施設整備を手掛けるアメリカやフランスはじめ国内外の企業への投資を募る。「世界的な意識の高まりが追い風となっている。各国で上下水道の水質規制の厳格化も進んでいるため、強気の見通しを持っている。淡水化やリサイクル事業の進展なども期待できる」と同社アドバイザリー運用部の田中大樹ポートフォリオマネージャーは語る。ファンドの純資産総額は今年4月末現在で102億7000万円を誇る。

水は「ローカルな資源」
長距離輸送ではまかなえない

 その他にもヨルダン川やナイル川といった複数の国をまたぐ国際河川での利権争いや、活発化する投資マネーも大きな話題となっている。しかし、水文学を専門とする東京大学大学院工学系研究科の沖大幹教授は「水不足とは、必要な量の水を適切な価格で利用できなくなる状態を指すが、水は基本的に循環資源であり、使っても物質としてなくなるわけではない。水は『ローカルな資源』であるという特性を踏まえる必要がある」と指摘する。

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水資源は地域ごとに偏在し、人口増により一人あたりの水資源は減少していく(出所)国土交通省「日本の水資源の現況」を基にウェッジ作成

 水は他の資源と違い単価が安いため、輸送や貯蓄のコストが大きくなる。つまり、水不足への対応は、豊富な国から運ぶのではなく、水を貯える施設や適切な場所へ運ぶ水路など水インフラの整備が大きな貢献となる。日本政府は、上下水道や産業排水処理施設といった水質管理や設備メンテナンスを世界展開させている。コンパクトな水処理を可能にする浄化槽は昨年末までに世界49カ国で累計3万7255基を設置させてきた。

 環境省水環境課の川島弘靖課長補佐は「水質管理から施設のメンテナンスまで質を確保できるのが日本の技術のウリ。世界各地の水課題解決が国際貢献になり、その地域の経済成長を日本企業へ取り込ませていくことになる」と話す。

 国民の水リテラシーを高めるため、水問題の調査研究や講演を通じた普及活動を進めるアクアスフィア水教育研究所の橋本淳司代表は「新型コロナウイルス感染拡大でグローバルサプライチェーンが一時寸断されたことにより、水を使って作られる食料や木材の囲い込みが世界で起きている。気候変動によって雨量の偏在状況も変わりつつあり、より世界的な動向に注視しなければならない」と指摘する。

 日本は幸いにして水不足などの危機に直面することが諸外国に比べて少なく、水問題=水資源の枯渇や争奪戦といった単純な構図ばかりに目が奪われがちだ。だが、世界では現在、水問題に関するルールづくりや地域交流を基にした開発支援といった課題が大きな焦点となっている。

出典:Wegde 2021年7月号

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