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海警法施行は通過点に過ぎない 中国の真の狙いを見抜け |【特集】押し寄せる中国の脅威 危機は海からやってくる[Part2]

「中国の攻撃は2027年よりも前に起こる可能性がある」──。アキリーノ米太平洋艦隊司令官(当時)は今年3月、台湾有事への危機感をこう表現した。狭い海を隔てて押し寄せる中国の脅威。情勢は緊迫する一方だ。この状況に正面から向き合わなければ、日本は戦後、経験したことのないような「危機」に直面することになるだろう。今、求められる必要な「備え」を徹底検証する。
※年号、肩書、年齢は掲載当時のもの

中国海警局に武器使用が認められたが、この施行法の背景にある「戦略」は変化していない。運用上の懸念点や管轄水域の定義が曖昧な点など、具体的な課題を踏まえた対応が必要だ。

文・マチケナイテ・ヴィダ(Macikenaite Vida)
国際大学大学院国際関係学研究科講師
2006年ビリニュス大学(リトアニア)国際関係・政治学学院卒業。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。15年より現職。共著に『中国対外行動の源泉』(加茂具樹編、慶應義塾大学出版会)。

 今年1月、中国で海警法が成立(2月に施行)したことで、各国は大騒ぎとなった。メディアで最も引用されたのが同法第22条であり、これにより中国海警局は「国家の主権、主権的権利、および管轄権が海上において外国の組織および個人によって違法に侵害されている、あるいは差し迫った危険にある」ときに「武器の使用を含むあらゆる必要な措置を講じる」権限が与えられた。中国の周辺諸国や西側の政府関係者は、同法を地域における武力衝突の脅威として受け止めている。フィリピンのロクシン外相は「海警法に従わない国を戦争で脅すものだ」とさえ述べた。

 しかし、中国が同法の施行によってただちにこの地域で軍事衝突を始めたがっているわけではない。そのことを考えれば、武器の使用許可という論点以外にも目を向け、まずこの法律が中国の長期的な海洋戦略においてどのような位置付けになるのかを理解し、その微妙な意味あいを冷静に読み解くことが重要である。

 最も重要な点は、この新しい法律が中国のこれまでの長期戦略の延長上にあるということだ。その長期戦略の狙いは、領有権の係争海域を支配する体制を徐々に構築して、当該地域における中国の領有権の主張を強固なものにすることにある。

 中国が1990年代半ばから採用してきた政策を仔細に見れば、新たな海警法はこの戦略における数多くの政策の一つだと理解できる。南シナ海でのそうした動きは1999年に遡ることができる。中国は北緯12度線より北の指定した海域に真夏期の禁漁区域を導入した。汚染や乱獲など沿岸海域の環境状態を懸念した中国は、すでに80年代初頭には規制枠組みの構築を始めていたが、フィリピンとベトナムが領有権を主張する領域を一部含む地域に中国が一方的に規制を導入したのは、このときになってからだった。

 中国はさらに規制体制を拡大し、2000年代半ば頃に海上法執行のための哨戒を強化し、その後09年から10年にかけさらなる強化を行った。12年、海南省の国境警察に対して、……

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