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付加価値の裏に〝戦略〟あり 「値決め」ができる企業に学べ |【特集】人をすり減らす経営はもうやめよう[Report-2]

日本企業の〝保守的経営〟が際立ち、先進国唯一ともいえる異常事態が続く。人材や設備への投資を怠り、価格転嫁せずに安売りを続け、従業員給与も上昇しない。また、ロスジェネ世代は明るい展望も見出せず、高齢化も進む……。「人をすり減らす」経営はもう限界だ。経営者は自身の決断が国民生活ひいては、日本経済の再生にもつながることを自覚し、一歩前に踏み出すときだ。

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文・編集部 (川崎隆司)

良いものを作り、高く売る─。商売の基本を愚直に追求する経営者たち。彼らの哲学から見えてくる、企業経営のあるべき姿とは。

「良いものには必ず物語がある。それを伝えることを大切にしてきた」

 コンビニで1杯100円のコーヒーが手に入る時代に、最も高価なもので、1杯1万円のコーヒーを売る個人店。「サザコーヒー」(茨城県ひたちなか市)の創業者、鈴木誉志男会長はそう静かに語る。

鈴木会長

慣れた手つきでコーヒーを淹れる鈴木会長(サザコーヒー本店)(WEDGE)

「安くて高品質」に誰もが疑問を抱かなくなった日本では、いつしか正当なコストを価格に転嫁することすらできなくなった。そういった社会の中でも、徹底して〝良いものを高く売る〟ことを続ける企業から、今こそ「価格に転嫁する経営」のヒントを学ぶべきだ。

 茨城県内に11店舗、東京に4店舗の直営店を構え、自社で製造する豆を卸している取引店は全国に600店を超えるサザコーヒー。その歴史は、1969年(昭和44年)、一軒の小さな喫茶店から始まった。

「家業を継いだ映画館はカラーテレビの普及ですっかり廃れ、新たな〝飯の種〟として、喫茶店経営を始めた」

 他店との差別化を図るため、当時まだ一般家庭には普及していなかったコーヒーを売りにすると決めた。

「頭より先に体が動く」という鈴木会長は、開業から3年で自家焙煎を始め、4年目からは世界各地の生産地をまわり、自らの足で〝本物〟を求め歩いた。

 徹底して材料・加工にこだわりつつも、鈴木会長は、大学卒業後すぐに入社した映画配給会社での経験から、ただ商品の価値を高めるだけでは足りないことに気づいていた。

「どんなに内容が素晴らしい映画でも、事前にその魅力が伝わらなければ人は足を運ばない。その内容を分かりやすく伝え、話題性を生んで初めて売れる映画になる。コーヒーも同じだ」

 まずは多くの人にコーヒーと自身の取り組みを知ってもらうため、コーヒー豆を探し求めてアフリカを回った自らの経験を旅日記として地元の茨城新聞に寄稿したという。そうして店と鈴木会長自身が知られるようになると、地元のPTAや公民館から「コーヒー教室を開いてほしい」との要望が舞い込むようになった。その場でコーヒーを無料で配る活動を今日まで続け、いつしか地元では知らない人がいないほどの有名店となった。

 さらに大きな転機を生んだのが、97年に南米コロンビアに開設した直営農園だった。サザコーヒーの事業規模で直営農園を持つことは非効率で、現地への交通費を加味すれば、農園経営は赤字だ。それでも鈴木会長が経営を続けるのは、数字では測れない付加価値を生んでいるからだという。

「わが社の社員は皆、その農園で『なぜサザコーヒーが旨いのか』を肌で感じる。完熟した果実だけを栽培するために手摘みにこだわり、澄んだ水で洗い、水面に沈んだ身の詰まった果実だけを厳選し、天日干しにする。そうした異国の地での出来事を、知識ではなく〝経験〟として学べる点で直営農園は最高の人材育成の場だ」

 事実、コーヒーに関する知識と技術を競い、日本一の「バリスタ」を決めるジャパン・バリスタ・チャンピオンシップでは、直近3大会で、決勝進出6人のうち3人をサザコーヒーの社員が占めるという快挙を成した。

「対価を払うに値するかどうかを最後に判断するのはお客様だ。だが、われわれには、自らの商品がその値段に相当する価値があることを、誠意を込めて伝える義務がある」

「大型店の集客力に頼らない」
街の果物店の経営転換

 富士山を背に、駿河湾を正面に構える吉原地区は、古くは東海道五十三次14番目の宿場町として栄えた。かつての賑わいは移ろい、いまや多くの店がシャッターを下ろす吉原商店街の一角に、全国からファンが集まり、行列の絶えない〝果物店〟がある。「杉山フルーツ」(静岡県富士市)だ。

 店内に入ると、1玉1万円を超える静岡県産クラウンメロンをはじめ、シャインマスカット、マンゴーといった高級フルーツが所狭しと並ぶ。だが、この店を訪れる多くの客のお目当ては、店主である杉山清氏が開発した「生フルーツゼリー」である。切り出した瞬間の鮮度を保ったかのような瑞々しいカットフルーツが無色透明なゼリーに浮かぶさまは高級感があり、見た目にも涼やかだ。全てが手作りのため休日でも700個が製造数の上限だが、1個500円~1000円といった価格帯にもかかわらず、人気の種類は開店時の行列で売り切れてしまうほどだ。取材当日も、開店から2時間足らずで、陳列棚には既に「完売」の札が並んでいた。

生フルーツゼリー

生フルーツゼリーの棚には開店2時間で「完売」の札が並ぶ

マスクメロン

マスクメロンの高級品種「クラウンメロン」が丁寧に陳列される

 杉山フルーツが現在の経営に至るまで、2度の転機があった。

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