(3)「サービスとしての小売業 / Retail as a Service / RaaS 」(2022年) 商品の先にある価値とD2C
■「商品の先にある価値/Beyond Product Value/BPV」を創造するD2C
SPA(製造型小売業)はすでにアパレル業界における一般的なビジネスの形態になっている。SPAは自社で商品企画とデザインを行い、自社の責任で商品を製造し販売する。アマゾンも現在SPA化を目指して着々と準備を整えている。前の項で述べたように、2020年時点で同社は様々なカテゴリーにおいて100を超える自社ブランド、あるいはアマゾンだけが販売できる独占的なブランドを展開しており、その数は急増している。そうしたアマゾンブランドに対する顧客の評価も非常に高い。前述したボノボスもSPA企業であり、インターネットでアパレルを販売する企業の中にもSPAは少なくない。
そうした企業の中にはアパレル商品としてもともと備わっている価値を超えた、全く新しい価値が付け加えられることで人気を得て成長している企業がいくつも出現している。製品が商品へと変わる段階で新たな価値を付加することに成功しているのである。
エバーレーン(Everlane.com)もその一つ。アパレルSPAである同社は、普通は企業秘密とされるはずの商品の生産過程の全てをウェブ上で公開している。原料の仕入先から、縫製工場、生産コスト、物流コスト、そしてエバーレーン社がそれらのコストに上乗せする利益に至るまで、全ての情報が公開されている。同時に伝統的なアパレル企業が製造販売している同様な商品との比較も行われる。縫製工場での労働者の様子も映像付きで紹介され、そこでの労働条件に至るまで全てが明示されているので、低開発国における低賃金労働などを危惧する消費者からの支持も集めている。
こうしたインターネットを活動の場とするSPA企業はD2C(Direct to Consumer)と呼ばれている。例えば、メガネ販売のワービーパーカー(WarbyParker.com)、スニーカー販売のオールバーズ(Allbirds.com)などがその代表的企業として注目を集めている。
これらのD2C各社が製造販売する商品は、いずれも商品の持つ価値だけで一つのブランドを構築するのに十分と考えられる価値を有している。しかし彼らが扱う商品の価値に加えて、「商品の先にある価値/Beyond Product Value/BPV」がブランドタッチポイントのどこかで追加されるという点でD2Cは共通している。彼らはそうした点に注目して高い評価を与えるような消費者の支持を多く得ている。彼らはそれによってアマゾンなどの巨大eコマース企業との差別化に成功し成長しているのである。
それは例えばボノボスにおけるガイドショップでの専門ガイドによるフィッティングとアドバイスであったり、エバーレーンにおける商品製造とコストの全てをオープンにして商品と価格に対する消費者の完全な理解と共感を得ようとする姿勢であったり、様々だ。そこに共通するのは単に「商品を選択させて、購入ボタンを押させて、分配する」という、現在のインターネット通販企業が担う「製品の分配」という流通機能を超える、「商品の先にある価値/Beyond Product Value/BPV」の創造である。製品の分配という行為だけでは生み出すことのできない価値と言い換えることもできる。
◼️コミュニティ形成によるブランディングで好調なルルレモン
現在ファッション界において注目されるトレンドの一つに「アスレジャー」がある。これは「アスレティック」と「レジャー」を合成した言葉で、ヨガウエアSPAであるルルレモンが代表的なブランドとして人気を集めている。米国のセレブリティが同社の製品を街着として愛用し始めたることから人気を集めるようになったブランドだが、同ブランドの人気の高さはウォール・ストリートからの注目も集めており、またその店舗における運営方針のユニークさも注目される。
店舗で顧客対応する販売員は「エデュケーター」と呼ばれ、彼らの主な役割は商品販売ではなく、入店する人々とのフレンドリーなコミュニケーションである。同社ではそれを「Do not sell, Educate!」と表現している。特別な規定があるわけではないが、彼らの多くがヨガのインストラクターであり、ヨガ的ライフスタイルを自ら実践している人々だ。また多くの小売業の店員に課せられているような販売ノルマも一切ない。彼らの役割は顧客とのコミュニケーションを通じてルルレモンコミュニティを広げること。
またそのための広告塔となるようなアンバサダー制度も用意されている。アンバサダーになれるのは近隣のヨガスタジオで活躍するインストラクターだが、彼らとルルレモンが金銭的な契約を行うことはないが、同社の製品は無償で供与される。彼らは独自にヨガイベントを企画し、そこにルルレモンが協力することもあり、それが重要なブランド接点として、ブランドのファン作りに貢献する。またルルレモンが主催するヨガイベントに、アンバサダーが積極的に協力することも多く、こうしたアンバサダーを通じてルルレモンはブランドとしての認知を拡大していくのである。
アンバサダーとエデュケーターは周囲の人々にとっては憧れの対象となる人間であり、彼らが身につけているヨガウエアは機能価値以上の価値を持つようになる。同社の製品はそのプレミアムな価格を超えるだけの機能的価値を持つものではあるが、同じレベルの品質と価格を実現している他のブランドがないわけではない。それでもルルレモンが他社を上回る大きな支持を得ている理由は、前述したようなコミュニティの存在である。
ルルレモンにとってはエディケーターやアンバサダーという人間の魅力と、その周囲に形成されるコミュニティが最大のブランド資産であり、コミュニティの拡大が売り上げの拡大に繋がっていく。ゆえに店舗のマネジャーにとってはそうしたイベントへの集客が大きな関心事となっており、エデュケーターたちもイベント集客のために、顧客との積極的だが極めてフレンドリーなコミュニケーションに努力するのである。
ルルレモンはリアルな店舗を販売拠点とする企業であり、ネット専業のD2C企業ではないが、やはり「製品の先にある価値/Beyond Product Value/BPV」を追求している企業と言える。また既存の流通企業もこうしたBPV型企業の成長に注目しており、例えばボノボスは世界最大の小売業であるウォルマート傘下企業となり、大資本を背景に成長を加速させている。オールバーズは靴の販売で定評あるプレミアムな百貨店ノードストロム内における商品の販売を始めている。
■eコマースを補完する「b8ta/ベータ」
これまで主にリアルな店舗を基盤とする小売業について考えてきた。では店舗を持たないeコマース企業に欠けているものは何か。それは顧客とのリアルな(物理的な)接点だ。リアルな接点は、企業とブランドが顧客に対してリアルな「体験」を提供できる唯一の場だ。リアルな体験は仮想では作り出すことのできない強いインパクトを顧客に与える。そのことに気付いているD2C企業は、彼らにしかできないブランド体験を提供する場として、リアルな店舗を運営するようになっている。製品によってはリアルに体験しない限り、その真の価値を理解できないものも少なくない。
ユーザーに新たな利便性を与えるハイテク製品などもその一つ。考えもしなかった新しい暮らしを消費者に理解させることは難しい。仮想空間においてそれを想像させることも不可能では無いが、無限に広がるeコマースの場において、そうした目的で消費者との接点を持つことは、よほど大きな予算を投じない限り困難である。従来新製品を告知する場であったマスメディアはすでにマスと言える状態にはない。さらにSNS疲れやネット情報過多が問題となる時代、「宣伝」に適した場を見つけることはますます困難になっている。予算の限られるスタートアップ企業が開発したユニークな製品が、顧客となるかもしれない消費者と出会える可能性は限りなく小さい。
そんなギャップを埋めることを目的に開発されたのが「b8ta/ベータ」である。ベータはニューヨークなど大都市にリアルな店舗を運営する企業である。2020年現在、米国内でインストア形式の店舗を70店、独立型店舗を22 店展開しており、すでに日本への出店も開始している。たとえばマンハッタンでは老舗百貨店のメイシーズ1階に大きなスペースを確保。店内に並べられた棚は小さく区切られ、棚ごとに月額料金が設定されて企業に貸し出される。
そこには消費者とのリアルな接点を作り出したい企業が様々な商品を展示し、顧客が実際に手に取って試すことが推奨されている。商品の脇にはiPadが置かれ、映像を使ったわかり易い商品説明が流される。さらに詳しい商品情報を持った店員たちから説明を受けることも可能である。消費者はここで初めて新しい利便性と出会うことになる。彼らは何かを購入することを目的にここに来たわけではない。時間消費、あるいはエンターテイメントが目的である。その結果、その製品がもたらせる新しい利便性が自分にとって価値のあるものと認めれば、購入が検討され始める。
ベータの天井にはたくさんのカメラが仕込まれており、入店した人々の動きが全て記録されている。そのデータをもとに出展企業に対して、商品の前を何人が通過し、何人が商品の前で立ち止まり、どのくらいの時間商品に触っていたか、さらには店員との人的接触の中でどのような会話が行われたか、といった情報が提供される。実際に販売されている商品であれば、そこからオンラインで注文することも可能だ。消費者は実際に製品を体験することで、それがどのように自分の暮らしを変えてくれるのかを想像できる。ベータが提供する場と情報は消費者と企業の双方に大きな価値をもたらせるのだ。
数多くの好業績を誇っていた従来型企業が次々に破綻し「Empty Box/空き店舗だらけのショッピングモール」が急増する米国において、ベータのように製品と消費者とのリアルな接点を提供する店舗を運営する企業は増えつつある。例えばユニークな日常品からファッションアイテムまで、ローカル(近隣地域発の)でストーリーある製品を取り揃えた新しい百貨店「Neighborhood Goods/ネイバーフッドグッズ」、女性起業家によるポリティカリーコレクトな女性向け化粧品やファッション製品だけを集めた「SHOWFIELDS/ショーフィールズ」などがその一例だ。
◼️世代交代とサービス産業としての小売業(RaaS)
米国では急成長するeコマース企業の陰で多くの流通企業が売り上げ低迷に喘いでおり、不採算店舗の閉鎖を進めるチェーン企業も少なくない。コロナ禍はその傾向をさらに一層悪化させている。特にアパレル業界における業績不振は深刻で、有名チェーンの倒産も増加している。閉鎖される店舗は数千店規模に達しており、それらの店舗が入居していた大規模なショッピングモールの中には空になったテナントスペースが埋められず、モール自体が閉鎖されてしまうケースも出始めている。このような状況は、リアルな店舗を活用してBPVを生み出すタイプの新興企業にとっては、優良立地に好条件で店舗を展開できる良い機会となる。
これまで米国の消費を巨大な人口で支えてきたのはベビーブーム世代である。彼らが若い頃には旺盛な消費意欲で大量生産大量消費という消費文化を作り出し、彼らが求める低価格化の欲求が小売の輪を回し続けてきた。シアーズなどのGMS、ウォルマートやターゲットなどのディスカウンター、トイザらスやベストバイなどのカテゴリーキラーはベビーブーム世代の支持を受けて進化成長を続けてきたチェーン業態である。
しかし現在米国の消費市場の主役となっているのは、1981年から1996年の間に生まれたミレニアム世代 と呼ばれるベビーブーマーの後継世代である。その後には1997年以降に生まれたZ世代が続いている。2018年の時点で、この世代は総数で約7300万人とベビーブーム世代をすでに上回っている。彼らはインターネットとデジタルデバイスに囲まれて成長してきた生まれつきデジタルネイティブな消費者である。彼らのコミュニケーションを支えているのはSNSであり、彼らは手のひらに世界中のありとあらゆる情報を乗せて行動する全く新しい人類である。
すでに労働人口においても米国最大の世代 となった彼らが、今後の消費社会を大きく変えていくことは確実だ。そしてまさに彼らから大きな支持を得て成長しているのがD2C企業やBPV企業である。アマゾンなどインターネット通販企業もデジタルネイティブな彼らの支持を得て成長する企業であるが、その一方でアマゾンには作り出すことのできない新しい価値を生み出すBPV企業を支持しているのもまた彼らである。
そうした変化から唯一取り残されているのが旧態依然とした、商品の陳列在庫と分配機能だけを担ってきたような店舗であり、その多くが今実際に社会から姿を消しつつある。リアルな存在としての店舗が担うべき役割が転換期を迎えているということだろう。それでもアマゾンの成長を自社の業績悪化の原因とする企業の中には、テクノロジーを店舗に取り込むことで対抗しようと考える無謀な企業も少なくない。
しかし長い間消費者のニーズを支えてきた貴重な社会資産である「物理的な存在としての店舗」に求められているのは、単なる製品の分配という流通の基本的機能をはるかに超える、店舗レベルで製品に新たな価値を付加できるサービスの開発ではないだろうか。
小売業BPV創造企業へと進化し、単なる分配機能を超えた「サービス機能を持つ小売業/Retail as a Service/RaaS」へと生まれ変わらなければならない。
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Scott Galloway “The Four: The Hidden DNA of Amazon, Apple, Facebook, and Google.”
ISBN-10: 0525501223
ISBN-13: 978-0525501220
Kevin Kelly “New Rules for the New Economy: 10 Radical Strategies for a Connected World.”
ISBN-10: 014028060X
ISBN-13: 978-0140280609
Malcolm P. McNair “Wheel of Retailing Theory”Pew Research Center Fact Tank report March 1,2018
http://www.pewresearch.org/fact-tank/2018/0/01/millennials-overtake-baby-boomers/
http://www.pewresearch.org/fact-tank/2018/03/01/millennials-overtake-baby-boomers/
Pew Research Center Fact Tank report April 11, 2018http://www.pewresearch.org/fact-tank/2018/04/11/millennials-largest-generation-us-labor-force/