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【ショートショート】よく働く男

 その貧しい男は毎日まいにち一所懸命働いていた。周囲からも仕事にまじめな誠実な人物と思われていた。
 貧しい男はとてもよく働いたが、実は何年経っても賃金は上がっていなかった。それでも彼は一切文句を言わないので、雇用主からはとても気に入られていた。
 賃上げ時期になると、「お前も交渉しろよ」と周りは勧めたが、貧しい男は一切交渉しなかった。だから、陰ではあほう者と揶揄されていて、貧しい男もそれは知っていたが、まったく気にしていなかった。
 貧しい男は仕事があるだけでありがたいと思い、とにかく一所懸命働いた。働くことが楽しみだった。
 雇用主は貧しい男が欲のない人間だと思い、賃金を上げなかったが、今より2倍の仕事を命じるようになった。
 貧しい男はそれでもよかった。彼はその分スピードを上げて、必ず同じ時刻に仕事を終えた。
 雇用主は貧しい男の働きぶりを大いに喜び、やがて自分の仕事まで彼に頼むようになった。
 貧しい男はとてもよく働いた。だが、賃金を上げてくれとは一切言わなかったし、雇用主も金の話はしなかった。

 ある日、その貧しい男は忽然と姿を消した。誰も彼の行方はおろか、どこに住んでいるかさえ知らなかった。
 雇用主も仕事仲間も、長い間仕事をさぼっていたので困ってしまった。でも、ただ困っただけだった。実は雇用主も大雇用主から雇われていたから、その貧しい男がいなくなって、再び自分も汗水流して働かなくてはならなくなることが面倒くさいという程度のものだった。

 男らの仕事は穴ぐらを掘ることだった。ひたすら穴ぐらを掘って、指輪にできるほどの宝の石でも出ればよかった。でも、見つかった宝の石は、全部大雇用主のものになったから、彼らはその貧しい男が代わりに働いてくれることで、金が入ってきたことに満足していた。
 その貧しい男は毎日小さな宝の石を見つけて、それをきちんと雇用主に渡していたのだ。

 その貧しい男は姿を消す直前、ボーリング玉ほどもある大きな宝の石を見つけた。みんなさぼって昼寝をしていたので、彼は容易に持ち出すことができた。
 誰もそんな大きな宝の石がその採掘場から出てくるなんて、想像すらしていなかった。貧しい男だけが、この地について学術書や文献を開いてよく調べていた。彼は大きな宝の石が出ることを知っていたのだ。雇用主も、大雇用主も、ましてや他の仕事仲間も、誰もこのことを知らなかった。
 雇用主は貧しい男に助けられたと思っていたので、訴えることもなかった。

 その貧しかった男は、今とても満足に暮らしていた。働かずとも、毎日ちゃんと飯が食え、自動車でどこでも移動することができた。

 そして、誰も、その豊かな男から損を被ったと思ってはいない。

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