最強伝説

 転がった缶チューハイに足を取られて倒れ込んだ。部屋に充満したパブロンの匂いに吐き気を催す、午前2時だった。
 バイブレーションが2回鳴って携帯を開く。目に映ったのはTwitterの通知。時計の秒針がうるさかった。目を閉じたら、そのまま現実からログアウトできそうだ。

 お前のこと、金属バッドで殴りたい。頭を思いっきりぶん殴って、血が出るまでぶん殴って、殴って殴って殴って殴って、ぐちゃぐちゃになった脳みそがお前の頭からはみ出てるのを見て笑いたい。きっと俺は爆笑するだろう。あまりにも滑稽すぎる。化け物じゃん!ウケる と言いながらバシャバシャと写真を撮るかもしれない。写真を撮り終わって、倒れたまま動かなくなったお前の横で煙草を吸いながら、酒を呷りたい。

 不意に着信音が聞こえてきて慌てて起きた俺は 薬の過剰摂取によって痙攣している指先を応答のボタンに押し当てる。

「はい」第一声は掠れていた。数秒経って、スピーカーから吉田の声が聞こえてきた。

「何してるん? 」
「気絶、してた。」

それを聞いた吉田は爆笑していた。

「またお前 飲んだ?」
そうして彼はひとしきり笑っていた。多分こいつは俺のことを道化師か何かだと思っている。酒と薬でぐちゃぐちゃの脳内。喋らなきゃ 喋らなきゃ と俺が俺を急かしている。

「あ、あ」

「の 飲んでない」大嘘である。今日はちゃんぽんDAYだった。昼間、ウキウキで薬局に行きパブロンとブロン液を買った後、コンビニまでチューハイを買いに走っていた、大馬鹿者だ。

半笑いで彼が言う。
「嘘やろ、飲んでるやん、絶対」
「ほんまに飲んでないって、マジで。信じてや」

沈黙。

「まあそんなことどうでもええねん、暇やから付き合って。そっち行く。」

 俺は冷や汗が止まらなかった。まずい、と本能が訴えかけている。俺は今頭が爆発しているし、最悪のコンディションだった。すまん、吉田。お前の頭蓋を金属バットでぶん殴ることより、俺は俺のイメージを守ることに必死で仕方なかった。

「無理 ほんまに今日は無理やから。」
「アカン、もう着いてもうた。」

インターホンが鳴り響く。俺は部屋の惨状をありのまま伝えることにした。

「や、今 部屋、ゲロまみれやで。ゴミ出し1ヶ月は行ってへんし…。」
「ええから上げて。俺もう飲みすぎてぶっ倒れそうやねん。」そうして彼が俺の玄関前で寝転がろうとしているのがインターホン越しに見えた。俺は慌てて鍵を開ける。
「通報されるわボケ もう、早く上がって。」
俺は渋々吉田を家に上げ、散らかり切った部屋を少しでも綺麗に見えるように掃除し始めた。

「お前これなんなん」

爆笑している彼が指差しているのは俺のゲロだった。それはもう鮮やかな蛍光イエローのゲロだった。完璧にヤクチュウのゲロだ。俺は希死念慮を抱え、泣きながらティッシュをゲロに被せた。
「ほんまに嫌やねん だから嫌やねん…もう」
死にたかった。ただ死にたかった。吉田はずっと笑っていた。

「蛍光すぎるやろほんまに、死ぬ」
彼は笑いながら俺とゲロの掃除をし始めた。やめて欲しかった。ただ死にたいとしか思えなかった。

「あのさー…」
彼は俺の顔を見ながら言った。俺は顔を上げずに、彼の言葉を聞いていた。

吉田は、今まで俺の癪に触る言葉ばかり言ってきた。散々俺を馬鹿にして、俺はその度に希死念慮を抱いていた。俺は吉田のことが大嫌いだ。これからも、好きになる事はないと思う。絶対に。まず根本から合わないのだ。いちいち俺の

「お前、なんかあったの?」

俺は顔を上げた。「何」吉田と目が合った。端正な顔立ち、よく見るとまつ毛が長い。目の色は焦茶なんだな、本当にこいつ、顔だけはいいな。

「お前、薬やめろ。酒も。」

何なんだろう。どういう意図で言っているのか、わからなかった。何故?本当に意味がわからない。大体、吉田に俺を止める理由は無いはず、だとしたら、何を思って。

 彼は立ち上がり、冷蔵庫を漁り始めた。

「なー、なんでチューハイしかないん?度数たっか。たこ焼きとか、ないん?」

無礼すぎる。俺は頭がぐちゃぐちゃだった。これは薬の影響だろうか、それとも酒の影響?分からない。

「何もないって。いいからもう 何もせんといて…。」

俺は頭をフル回転させていた。ただ一つ、確かに思ったことは、吉田は目が綺麗だな ということだけだ。

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