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その昔、親父狩りに遭遇した話を、夢枕獏風に。

その昔、親父狩りに遭遇した話を、夢枕獏風に。


 時は2020年現在を、20年より、まだ少し遡る。季節は、秋。まだ、昭和の匂いを強く残す、平成。

 ーー風が吹いていた。
 秋の風が、酔った身体に心地良い。酒が入っていなければ、肌寒いと感じただろうか。
 隣にいるSも、似たような気分だったに違いない。1軒目で、葡萄酒を飲んだ。6人ほどいたので、1人がどれ程飲んだかはわからない。
 一次会はそれで終わり。まだ水曜日だ。多くの者は明日も仕事がある。とりあえずはそれで解散。お仕舞い。お開きだ。
 残ったのは、俺とSだけ。2人は飲食業界で、明日の仕事は朝からって訳じゃない。
 「近所に、焼肉屋が出来た」
 俺が言う。一次会でたらふく食った後だが、俺には物足りない。そして、おそらくSもー。
 「ほうーー? 美味い、のか?」
 Sが唇の端を歪める。
 「さあ、な」
 「てめえ」
 「冗談だ。ーーまだ出来たばかりで、評判も聞いちゃいねえ」
 「いいな」
 「ああ。いいな」
 どちらかが行く、と決めた訳ではなく、2人は歩き出していた。
 錦富小路。先程まで、食事をしていた場所だ。
 京の台所と呼ばれ、観光地化が進む、この錦小路市場も、夜を10時を回るとまるで人っ気がない。照明も少なく、薄暗い。誰もいない小路に、2人の足音がたなびくように反響する。
 「おい、待てよ」
 Sがそう言うと、何かを俺に投げつけてくる。ペットボトル。俺は空中でそれをキャッチした。ほんの僅かだけ、反応が遅れた。酒が回っているのだろう。だが、まだその反応の遅れに気付けるほどしか酔っちゃいない。そして、渡されたペットボトルは「そぉい!粗茶」 酔い覚ましという訳だ。
 くだらない話をしながら、2人は東へと足を進める。やがて寺町通に突き当たり、錦市場を抜ける。
 ペットボトルの茶で唇を濡らしながら、そのまま2人は錦天満宮のある新京極通へと出る。
その時だった。
 錦商店街程ではないにしても、新京極通も夜にはゴーストタウンとなる。むしろ、広い分だけ空虚さは増す。2人の話す声も、少しトーンが下がる。
 足音の反響も、少し多い。
 多い? そんな筈はない。見渡す限り視界に人影はない。いるとすれば、後ろだ。だが、新京極通に差し掛かった時は誰もいなかったはずだ。通行人が突然発生する訳はない。
 そうだ。誰かが尾行しているーー。
 誰がー? いや、問うまでもない。
 俺は話しかける振りで、Sの方に顔を向け、横目で後ろを観察する。
 間違いない。男が3人いる。いつの間に現れたかはわからぬ。だが、突然現れたかのような距離で、3人は話す事もなく、黙って我々に歩調を合わせている。
 ー何だと言うのだ? ーいや、知っている。
 知っている。そう。1990年代後半に流行した犯罪。そうー。
 ーー『親父狩り』だ。
 幾度となく話す振りで後ろを観察する。格好から察するに、素行が良さそうには見えない。まず、間違いない。連中は急ぐ素振りは見せず、次第に、次第に距離を詰めてくる。標的は我々2人。そう言う訳だ。
 ーやる気かよ。
 『親父狩り』とは、簡単に言えば「カツアゲ」所謂「恐喝」の事である。かつて「不良」「チーマー」と呼ばれた連中、今なら「半グレ」たちが自分より弱い学生達を相手に行ってきた恐喝のターゲットを、もっと効率よく安全に稼げるサラリーマンたち大人に変更したものである。
 「Sさん、気付いてるかい?」
 「後ろ、だろ」
 「ああ。最近流行ってるって話のー」
 「大当たり。ーっぽいな」
 Sも感付いていたようだ。後ろの連中は一歩、また一歩とと距離を詰めてくる。だが、まだ接触圏内ではない。
 「どうするよ、おめえさん?」
 「向こうがどう出るか、さ」
 申し合わせた訳ではないが、2人は声のトーンを少し落とし、直接的な言葉を避け、まだ気付いていない振りをする。
 親父狩り、というモノに遭うのは初めてだ。勝手はわからぬ。こちらの勘違いやも知れぬ。さすがに先制攻撃とは行くまい。いや、振り返って怒号でも浴びせれば撤退してくれるか?
 相手は3人。うまくSと連携が取れれば、勝てぬ道理はない。だが、Sの真意まで読み取れる訳ではない。ぴりぴりと、冷たい風が緊張感を煽る。
 まだ、距離はある。連中が仕掛けてくるとするなら、大通りに繋がる、蛸薬師通までだ。そこに出てしまえば人目が増えていく可能性が高い。
 一番良いのは、何も起こらない事だ。連中は襲ってこない。我々も無事。ただの勘違いでもいい。
 次に良いのは、連中が襲撃を諦めること。出鼻を挫けば、連中もリスクは避けたいだろう。
だが万一、本気で襲ってくるとしたら?
 蛸薬師通まであと100m程か?
 その時だった。
 予想だにしていない光景が、2人の視界に映った。
 安全圏と思っていた蛸薬師通から、黒塗りのボックスカーが顔を出したのだ。
 「こいつはまずい、な」
 ーー援軍!? いや、最初から囲むつもりだったか。
 「ああ。どうやら、そうらしい」
 いかにも連中が好みそうな、LEDで青白く光る黒のボックスは、そろりそろりと新京極通に侵入し、ヘッドライトを消すと、三軒連なるゲームセンターの前に駐車した。
 ーー前門の虎、後門の狼、か。
 心臓が、強く大きく波打つ。ぞわり、と体毛がそそけ立つ。Sの方を見つつ、後ろを確認する。距離は近付いているが、まだ間合いじゃない。
 そう。待て。慌てるな。車は多くても6人乗り。申し合わせているならば、恐らくは後ろの連中も同じ車に乗っていたはずだ。だとすれば、後ろに3人。前にも3人。
 いや、考えろ。状況から考えれば、逃走のため、運転席の人間は恐らく出てこない。3と2だ。まともにやり合えば勝ち目はない。
 そもそも、少なくとも格闘技をかじった経験のある俺。Sはどうなのか。格闘技の経験があるとは聞いていない。先に逃がすか、それとも戦えるのか。わからぬ。その場になってみなければ。だが、少なくとも不穏な空気を察せる程度の危機感はある。逃げるなら勝手に逃げるだろうし、一人分の戦闘力と考えれば、2対5か?
 今、手元にあるのは一本のペットボトル。半分ほど飲んでいる。武器にはなりそうもない。いや、だが、使い途はある。
 俺はペットボトルの蓋を回して開けると、ジャケットのポケットに仕舞う。
 出会い頭に、中身の茶をブッかけるって手がある。
 そう。人間、「液体はかわせない」
 殺傷力は無くとも、怯ませるには充分な武器になる。それで2秒程度でも1人の動きを止められれば、2対4。無理な数字じゃない。
 ジャケットの中の鍵束も確認する。いざという時は武器に出来る。使わぬに越したことはない。なるべくなら、お互いに怪我はない方がいい。おあつらえ向きに、鍵束は左のポケットに入っていた。鍵を束ねる丸カンを左手の中指に通し、一番長い鍵を、親指と曲げた人差し指で強く挟む。引っ掻くにしても、突くにしても、殴るにしても、強力な武器となる。同時にこちらも負傷は必至だが、やられる、よりはいいだろう。
 通常、路上の喧嘩は試合のように長引かない。だいたい一撃で勝敗は決まるものだ。ダウンを取れなくても、先に殴った方が途端に有利になる。特に顔面を殴れば、ほぼ勝敗は決する。
 冷たい茶をぶち撒けて、1人。出鼻を挫く一撃を入れれば1人。それで2対3。勝てなくはない。
 ペットボトルの茶を口許に運ぶ。ブッかける液体は多い方がいい。飲まずに、唇を濡らす。酔いは、大したことはない。なに、この程度の酔いなら、殴られても痛みを和らげようさ。
 濡らした唇から、冷たい空気を吸う。深呼吸。「勝てる」状況まで持っていくのに必要な時間は2分も動ければいい。頭の中で試行を繰り返す。
 前から来る人数は把握出来ていない。位置関係を考えても、アクションを起こすなら、後ろからだ。叩くとすれば、後ろが行動を起こした瞬間を狙う。
 「ん、んん。あ。あー」
 軽く、声が出るかどうかを確認する。怯ませるための怒声は出るか。作戦が失敗しても、大声で助けを呼べるか。問題ない。声は出せる。 よし。歯を噛み合わせる。
 前の車から、まだ人が出てくる様子はない。確実に、こちらを窺う気配はある。
 緊張感が増し、Sとの会話が途絶え気味になっていた。
 やはり、襲撃は後ろからか。大丈夫だ。動ける。やれる。あとは、連中が動き出すタイミングに合わせて振り返りざまに茶をぶち撒けるだけだ。来るか。まだか。準備はできてる。まだか。まだ来ないのか。来い。さっさと来い。
 だが、気配こそ殺気立つも、後ろの連中は仕掛けて来ない。そろそろ蛸薬師通だぞ。来い。やるならここが最後のタイミングだぞ。早く来いよ。
 駆け出せば、数秒で蛸薬師通に差し掛かる。この状況なら、走って逃げ出す方が正解か? Sの意思確認が難しい。やるか? それとも、逃げるか?
 緊張感と興奮と逡巡が繰り返される中も、我々の歩みは止まらない。
 そして、とうとう蛸薬師通に到達する。ボックスカーの傍を、警戒しながら通り抜ける。まだ連中は仕掛けない。どういう事だ? ここを右折すれば、安全圏だ。防犯カメラが設置されている事も知っている。危険度は格段に落ちた。
 ーなぜ来ない!?
 蛸薬師通に出る。まだまだ緊張は解けない。
 その瞬間、後ろの連中が動き出したーー!
 ーやるかよ。
 もはや、Sの意思を確認してる暇などない。タイミングよく振り返ってぶちのめす。それしかない。ぶちのめすしか、ないのだ。
 だが、
 連中は車の方に向かって走り、我々とは距離を取ったのだ。
 ー諦めたか?
 まだ、張り詰めた殺気はある。それでも、先程までの空気は孕んでいない。
 「やり過ごしたかい?」
 「どうやら、そうらしい」
 「ああ。そうだな」
 「ああ。そうさな」
 少し歩みの速度を速め、車から遠去かる。
 「連中、やるつもりだったな」
 「おそらくは、な」
 Sがフッと笑う。我々の背後のボックスカーがゆっくりと遠退いていく。
 「連中が仕掛けて来てたら、Sさん、どうしてた?」
 「俺はトンズラする気満々だったぜ」
 Sが苦笑いする。
 「そりゃ良かった。俺は、1人ぐらい倒してもらうつもりでいた」
 「だろうな。当てにしてもらっちゃ困る」
 「まあ、何も起きなくて何よりだ」
 「そうかい?」
 「俺は臆病なのさ」
 肩をすくめて見せる。
 「よく言うぜ。あんた、気付いてなかったのかい?」
 「何がだ?」
 Sの苦笑いが深くなる。
 「鏡を見せられないのが残念だ」
 「鏡?」
 「あんた、連中との距離が近くごとに、嗤ってたぜ」
 言われて、俺は頬に掌を当てる。
 ああ。確かに。
 そうだ。俺の唇の両端は、きゅう、と吊り上ってた。
 そうだ。俺は、嗤ってた。


 かなり脚色されておりますが、事のあらましはこんな感じです。
 実際にどうだったかと言うと、20年ほど前の話。ウチの店主催で、四条富小路にあったイタリア料理店で食事会を行ったんですよ。多分季節は秋だったと思うんですが。コートを着てた記憶はある。
 まあ、五人だか、六人だか、七人ぐらいの人数だったんですが、平日の水曜(当時の定休日)だったんで、ほとんどの人がその場で解散。
 2軒目に行くぞ!ってなったのはワタクシとSKさんって飲食業界の人だけだったんです。
 で。夜も10時過ぎだったと思うんですが、2人で人っ気のない新京極通を歩いてたんですよ。酔い覚ましに買ったペットボトルのお茶を飲みながら、他愛もない話をしてたんですが、途中で足音が増えましてね。ええ。
 誰もいない新京極通なんで、突然足音が増えるとか、変なんですよね。
 で、SKさんと話す振りして後ろの様子を窺ったら、すごく不自然に後ろから尾行してくる男が3人。
 3人でいるのに会話もなく、仲間とも、我々とも距離の取り方もおかしい。
 で。コレがアレか。噂に聞く「親父狩り」か、と。
 んで、おっ!?とか思いつつ、SKさんと核心に触れない程度に「後ろのアレ、親父狩りだよな」と確認しあう。
 しかし、会話がモロに聞こえるぐらい静かなんで、応戦するにしても逃げるにしてもSKさんと連携を取るのが難しい。
 とりあえず怪我したくないし、揉めたくないし、逃げるのが一番かな、とは思うんだけど、SKさんが好戦的かどうかは知らないのよね。ワタクシより好戦的じゃないとは思うんだけど、意思疎通が出来ない以上、ワタクシだけ逃げてSKさんだけ狩られたら洒落にならない。
 今持ってるのはさっき買ったお茶だけ。コートに入ってる鍵束じゃ威力がデカすぎるし、こっちも怪我する。警察沙汰も嫌だし。
 まぁ、逃げるにしてもお茶ブチ撒けたら怯ませられるし、時間は稼げるよね、と思ってキャップをポケットに仕舞って、いつでも応戦できるように準備してたんですよ。
 そしたら、後ろの連中はジワジワと距離を詰めてくるんだけど、なかなか仕掛けてこない。
 いきなり襲い掛かってくるか、まず会話があるかもわからん。で、交戦距離に詰めてくるまでは自然に歩いてたんです。新京極通を四条から三条まで数えて真ん中の蛸薬師通。ここを曲がれば人目もあるだろうし、そこまでに仕掛けてくるかどうか、ずっと臨戦態勢でいたんですよ。
 そしたら、蛸薬師通のゲーセンの前で、黒いボックスカーが道を塞ぐように現れましてね。
あ。こりゃやべーな、と。多勢に無勢かもな、と。
 とは言え、まだワタクシも20代前半。格闘技も齧ってたんで、一人二人なら倒せるか? いや、怯ませれば二、三人? SKさんが加勢するならいけるか? 勝てる? 逃げる? とか色々考えてた訳ですよ。
 やるにしろ逃げるにしろ、どっちにせよ覚悟決めておかんとな、と気合を入れて、
 「いつでも来いやゴルァァ!!」って臨んでたんですが、結局、連中は襲って来ませんでね。
 安全圏まで移動してから、「今のヤバかったですよねー」って話したら、
 「いや、あんさんの方がヤバいわ。だんだん嗤って来るねんもん」
 って言われましてね。
 まあ、まだ若気の至りで血気盛んだった事は認めるんですが、まさか自分が嗤ってるとは思わず、頬っぺたを触ったんですよ。
 そしたら、表情筋ってんですかね。明らかに変な強張り方をしてて、「あ。自覚なかったけど、やる気満々だったのか」と。
 いや、念のために言いますと、道場とかでは「苦しそうな顔するな! 口角上げろ!」とか教えられてはいましたんで。ええ。
 個人的にこの話は「おっさんの昔語り・武勇伝」っぽくて好きじゃないんですが、話したら妙にウケが良く、「夢枕獏風に書け」ってな話になったんで、長文を書くのは好きなんで書いただけなんですが、ウザい「おっさんの昔語り・武勇伝」になってたらスミマセン。

 ※ ここから先は有料になりますが、大した事は書いてません。面白いと思われて、投げ銭しても良いと思った方だけ、¥100の投げ銭をお願い致します。

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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。