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大樹のように葉を繁らせ


 2002年かげろふ雑文祭。
 圭子は、ディスプレーに表示されている文字を読んだ。
 「かげろうって、あの、虫の?」
 「ウスバカゲロウの事か。いや、虫である必然性はないと思うよ」

 大輔が、本棚をあさりながら答える。
 「じゃあ、あの、砂漠なんかで、オアシスが空に映ったりする・・・」
 「そりゃ蜃気楼だよ。陽炎は、砂漠に限らず発生するよ」

 心ここにあらず、と言った返事の割には、的確に間違いを指摘されて、圭子は声を荒げた。
 「ちょっとした間違いじゃない」
 「随分、違う気もするけどな」

 大輔のノートパソコンに表示されたサイトを読み下がる圭子。
 「ふうん、カゲロウって言葉さえ入っていればいいの?」
 やはり気の入らない声で答える大輔。
 「他にも、制約はあるけどね」
 「どんな?」

 読めよ。そこにパソコンがあるんだから。と言い掛けたが、こうなると売り言葉に買い言葉だ。大輔は一瞬だけ手を止め、圭子に振り返って言う。
 「詩を入れるんだよ」
 その言葉に、照れがあったのを感じる。
 「・・・まさか、応募する気?」
 「悪いか」

 大輔は、すぐに本棚へと向き直って、まだガサガサと探しものを継続する。
 「べっつに」
 いかにも馬鹿にしたような口振り。確かに、何でも興味をもって熱中して、すぐに飽きてしまう性質である事は、大輔自身も身に染みている。
 「締め切りが近いんだけど、間に合うかな」
 間に合わなきゃそれまで。そう考えれば、逆に気が軽い。
 「いつ?」
 かげろふ雑文祭の応募作品に目をやりながら圭子が尋ねる。
 「今日」
 応募する、と聞いた時以上のあきれ顔を見せた圭子だが、大輔は本棚に向かっていたために、それを見ずにすんだ。
 「で、何を探してるのよ」
 あきれた表情にあきれた声のまま。大輔も、本棚に向かったまま。
 「いやさ、詩をね。探してるんだよ」
 「詩?」

 声が裏返る。まさか、大輔が詩集など持っているのだろうか。
 「ちょうど、かげろうって言葉が入った詩があったんだよ。確かこの辺に・・・」
 「あったって、誰の? 他の人の詩でもいいの?」

 さらに声が上擦る。
 「著作権は、作者死後50年まで有効」
 少し自慢げに知識を披露する大輔。まさか、かげろふ雑文祭のサイトから仕入れた知識だなんて事は秘密だ。
 「死んでるの? その人」
 問い続ける圭子を無視する形で、大輔が声をあげた。
 「おっ、あったあった」
 大輔は、ファイルされたルーズリーフの一枚を破って、圭子へと投げよこした。空中を舞うルーズリーフを慌ててつかみ取る圭子。
 紙には、随分と色褪せたワープロ文字で、短く、

 太陽が強く

 おまえを 射し殺そうとするならば

 ぼくは大樹となって

 葉を繁らせ

 おまえにかげろう


 「・・・このかげろうって」

 圭子が、きょとんとした声を出す。
 「参ろう、とか、絞ろう、とか言うだろ。かげる、だから、かげろう」
 大輔がまた、自慢げに言う。
 「ホントに、かげろうなら何でもイイんだ」
 「多分ね」

 圭子は、詩よりも、その事実に感心した。「片岡影郎座衛門」を主役にした時代劇でも可なのだろうか。
 「死後50年たってるの? この詩の作者」
 圭子が、また質問を開始する。
 「死後50年はたってないけどさ」
 答える大輔。一瞬言葉に詰まる。
 「駄目じゃん」
 有名な詩人じゃないから大丈夫だとか、死後49年だとか、また微妙な事を言い出すのだろうか。
 「お前の前にたってるよ」
 照れ臭そうに、呟く大輔。
 「うわ。メルヒェンなポエマーだったのね」
 圭子が、一気に笑い出した。近年希に見る笑い方かも知れない。
 「ポエットって言え。ポエットって」
 大輔は慌てて、圭子の持った詩を奪い取ると、照れ隠しに大声を出す。
 「お前なんかポエマーで充分だ」
 こみ上げてくる笑いを堪えながら、言う。
 窓の向こうで、大樹が、生い茂る葉をざわざわと鳴らして、笑っていた。



 かげろふ雑文祭投稿作品


 ※ この記事は無料ですが、18年も前に書いた短編小説、という黒歴史を晒すぐらいに切羽詰まってますので、投げ銭(¥100)をお願いしてます。この先には、特に何も書かれてません。

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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。