現世界グルメ『つけ麺』


 ラーメン、つけ麺、僕イケメン。何処かの芸人がそんな事を言っていた。
 この時点で、より多くの人の認識を問いただしたい。
 ラーメンとつけ麺は同種なのか、別種なのか。この問いに明確に答えられる人は少ないだろう。
 あまり「常識的に考えて」という言葉が好きではないが、一般的にうどんと蕎麦を同種だと判断する人間は多くないと思われる。ラーメンとうどん、ラーメンと蕎麦もである。そこにスパゲティを加えてもいい。
 無論、これらはすべて麺類である。その括りにおいて「別種である」とカテゴライズする人間も少ないと言えるだろう。
 もっとも、この中でスパゲティだけは出自が激しく異なる。このため、これは同種に含まないとする意見など、色々な見解はある事と思う。
 しかし、日本においては、うどんも蕎麦もラーメンも根源は「うどん」という事になる。
 蕎麦は高級であった小麦粉が生産できない痩せた土地における代替品として誕生したとする説が有力だ。
 日本のラーメンの歴史はもっと浅い。いわゆる中華麺、支那そばも「中国にも蕎麦に似たような料理がある」として普及してきた訳だ。
 この中で、ラーメンが日本の文化に溶け込み、醤油ラーメンや味噌ラーメンという独自の文化を生み出していった。冷やし中華やつけ麺となると、尚更近年の事である。
 これらがラーメンという幹から伸びた枝葉である事はまず間違いない。元来の出自はともかくとして、日本における文化の成り立ちとして、ラーメンの派生である事を認めないなんて人は少ないであろう。
 だが、源流が同じだとして、それが何なのだろうか。
 例えば餅や団子とうどんには、そのルーツを同じくする部分がある。だが今現在、餅や団子とうどんを同一視する人間は皆無と言えるし、それはうどんと蕎麦においても同じだ。
 つまり、カテゴリーとして何に分類されるかは、実際のところ、料理の味にはほぼ関係がない。
 所詮カテゴライズなど人間の知的遊戯に過ぎず、その分類が役に立つことは稀である。
 さまざまな学問、研究の結果として分類が進んだり改められる事はあるが、分類学がさまざまな学問や研究を助けるケースは少ない。
 実際、役に立つとすれば、音楽で「このバンドが気に入った! 分類的にはプログレッシブ・ロックと言うらしい。なら、同じプログレで他のバンドも聴いてみようか」ってな時ぐらいである。別にそれが映画でもコミックでも何でもいいが、要するに類似ジャンルを検索する時に役立つってぐらいで、なくても困りはしないのが現実だ。
 そう。美味い料理でさえあれば、その料理が何であれ、美味いと言う事実は変わらない。分類などどうでも良いのである。
 しかし、美味い料理を探し当てる。そして、まずい料理を避ける意味においては、カテゴリーは大きな助力となるのだ。
 例えば、鶏肉が大好きだとか、鶏肉がアレルギーで食べられない場合、行くにしても行かないにしても鶏肉料理屋をピックアップできる。間違いなく便利だ。
 さて。ここで話を「つけ麺」に戻そう。
 つけ麺はラーメンの亜種か。それとも別種か。
 結論だけを言ってしまうなら、美味ければどちらでもいい。しかし、世の中はそれほど単純ではないのだ。
 「納豆が嫌いな人でも食べられる納豆」があったとして、納豆が嫌いな人からすれば「なんでわざわざ納豆を食べなきゃならないの?」と言われればそれまでなのだ。
 「納豆が嫌いな人ほど食べて欲しい、納豆嫌いを唸らせる納豆」があったとして、リスクを冒してまで挑戦する意味を見出せるだろうか。そして、それはもはや納豆好きから見て「納豆の範疇に入るのか」という問題も出てくる。
 「嫌いな食材が入っている」と言うだけで食べないし、不味く感じる人もいるのが現実だ。たとえ、知らせなければ気付かないとしても、最初に知らせれば評価に影響する。
 つまり、納豆であれば食べないし、逆に納豆から遠ければ、納豆を名乗る必要がないというジレンマが発生するのだ。
 結局、担々麺、冷やし中華、つけ麺、ジャージャー麺など、これらをラーメンの亜種とするか別種とするか。これによって味も評価も変わってしまうのである。
 さて。今回の主役は「つけ麺」であるが、その歴史は案外古く、発祥からは既に60年以上が経過している。とは言え、普及が進むのは1970年頃になり、その意味での歴史は長くない。
 そして、現在の形の「つけ麺」がブームとなるのは2000年前後となり、いわば生まれたての料理であると言っても過言ではないだろう。
 これは私見になるが、それまでの「つけ麺」と現在の「つけ麺」は似ていながらも異なるものであると言う感想を持っている。
 従来のつけ麺は「ざるそば」の「中華そば版」という流れだったのに対し、現在のつけ麺は「ラーメン」の「派生」だと考えるからである。
 本題ではないので従来のつけ麺のルーツに関しては割愛させてもらうが、現在のつけ麺はラーメンを進化させようとした結果だと考察しているからだ。
 そう。ラーメンには重大な欠点がある。
 麺が「のびる」という事だ。
 筆者は早食いの傾向にあるため、この欠点を気にした事はほとんどない。しかし、食べる速度が遅い人や、猫舌の人はラーメンを美味しく食べられないと言うのである。
 現在のつけ麺は、その問題をクリアするために考案され、従来のつけ麺と融合し、今の形になったと言うのが筆者の見立てだ。
 実際、つけ麺がメジャーになるまでは、非常に多くの人から「ラーメンが熱くて食えない」という感想を聞いていた。しかし、つけ麺の普及により、そういう人は激減したのである。
 だって「つけ麺を食えばいい」のだから。
 そして確かに「ウチはつけ麺屋で、ラーメン屋じゃない」という店舗は存在するが、現実はどうだろう。多くのラーメン屋がメニューの1つとして「つけ麺」をその採譜に加えているのである。
 つまり現実的に見て、ラーメンをより広い層に食べてもらうために進化した姿が「つけ麺」なのではないだろうか。
 なお、筆者はラーメンの大きな欠点が「麺がのびる」以外に2つあると考えている。
 1つは「スープが多すぎる」事によって、一品料理としての完成度を下げていること。
 もう1つは、ラーメンの代表的な具材が、麺やスープとの一体感を欠いていることだ。
 つまり、つけ麺は「ラーメンの抱える大きな欠点の3つを克服する形」で進化してきたと推測するのである。
 特に、熱いスープの海から麺をすするラーメンは、具材を一緒に食べるという食べ方に向かない。どうしても箸休め的な役割の具材になってしまうのである。
 つけ麺はそのスタイルから、熱すぎない上に、具と一緒に食べられて、スープ(つけだれ)の量を控えめに出来るようになった。これは目覚ましい進化であると言える。
 だがしかし、筆者が思うに、つけ麺はラーメンを美味しくしようと進化するあまり、

 退化した。

 とも思えるのである。
 それが、つけ麺の「提供温度」だ。

 通常、つけ麺は麺を冷水ですすぎ、熱と「ぬめり」を取り除き、冷たい状態で供される。
 それを熱い「つけだれ」に絡めて食う。実に素晴らしい食べ方だ。
 しかし、この食べ方で抜群の温度になるのはせいぜい4口目ぐらいまでで、後はどうしても「ぬるく」なり、後半はもはや「冷たい」ままである。
 一皿の料理として考えた場合、この結果は退化と言わざるを得ない。
 料亭で出される一鉢だけの素麺のような料理としては素晴らしいが、全体で見ると劣る。
 無論、そんな欠点には提供側も気付いている訳で、あの手この手で温度を保とうとする訳だ。
 電子レンジやIH、焼けた石。色々な手段を講じてきた。
 しかし、焼けた石にはこんな諺がある。「焼け石に水」だ。
 焼けた石を入れようが、麺で冷却されるスープが温度を保てるはずもない。
 IHや電子レンジは食事を中断されるという致命的な欠点にさえなる。
 では、どうすればいいか。
 最初から、つけだれも冷たくする「冷や盛り」にするか。
 残念だが、それは従来のつけ麺への回帰に過ぎない。そして、麺とタレの両方が冷たいのなら、冷やし中華と言う完成形が存在しているのだ。
 では、つけだれを冷やし、麺を再加熱して食べる「冷や熱」にすべきか。いや、答えはNOである。
 麺を熱いまま提供すると、別皿に盛られた麺がくっついて固まるのだ。これは麺として致命的だ。
 では、両方を熱して提供する「熱盛り」はどうか。
 いや、これまた残念な事に、両方熱くていいなら、もはや「ラーメン」で構わないのである。
 無論、味の傾向がラーメンとは違うため、熱盛りをラーメンと同一視するつもりはない。しかし、これもやはり「麺がくっつく」という問題はクリアできない。
 これを克服する方法は実に簡単で、それは、最初からタレと麺を和えてしまう事である。
 しかし、その通り。最初に和えてしまうならば、それはもはや「つけ麺」ではない。
 「あえ麺」「まぜ麺」「油そば」と呼ばれる料理が既にあるからである。
 従来のつけ麺。中華料理本来の汁なし担々麺やジャージャー麺、手抜きそばとも呼ばれる油そば、冷やし中華、ざるそば、あるいはソースを掛けたパスタ。もはやそのジャンルには、完成された先人が居座っていたのである。
 おわかりだろうか。現在のつけ麺は、ラーメンから派生した多岐にわたる方向性の模索の結果、新しいジャンルを開拓したつもりでいたら、それはもはや、先人の轍の上だったのである。
 いや、轍どころか、既に先人が掘り尽くした鉱脈といっても過言ではない。
 しかし、時代とは繰り返すものである。そもそも「昔あったブーム」が再来するのは、それを知らぬ世代が生まれ続けるからである。
 中華の汁なし坦々麺や、ジャージャー麺など食べた事がないと言う人も少なくはない。
 その点で、昨今の「つけ麺」が受け入れられるのは良い事だと言えよう。そして、つけ麺の更なる進化を望むものである。
 だが、つけ麺の温度を適度に保つには、一体どんな方法を取れば良いのだろう。
 色々と考えてみたが、ドラスティックな方法をひとつだけ思いついた。
 店ごと改装しなければならないので、相当にドラスティックな方法になるが、カウンターやテーブルに、

 ゆで麺槽を設置。


 そう。大手うどん屋なんかにある、ゆで麺機をカウンターや各テーブルに配置するのである。
 モデルタイプとしては、セルフ串揚げ屋のフライヤーのようなスタイルだ。あれの油を湯に替えた姿を想像してもらいたい。
 客には、熱い「つけだれ」と、冷たい「麺」が運ばれるが、麺を冷たいままつけだれに入れるのではなく、任意の秒だけ、湯槽に入れて温めるのである。
 無論、任意なので入れなくてもいい。逆に、再び茹だるまで入れてもいい。
 これによって、電子レンジやIHで「温め直す」という興醒めな時間が、焼肉やしゃぶしゃぶのような「楽しい時間」へと変化するのである。
 ここまでやる「本気のつけ麺」を食べたいとは思うが、こんな店を実際にやろうとすると、設備だけでも洒落にならない金額だし、光熱費も跳ね上がる。現実的には難しいと言わざるを得ない。
 しかし、そこまで本気で見せる「異世界」を「現世界」に作って欲しいと願うものである。


 ※ この記事はすべて無料で読めますが、つけ麺好きも、そうでない人も、投げ銭(¥100)をお願いします。
 なお、この先には身も蓋もない事が書かれています。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。