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「酸欠、或いは痛む。」

エッセイは生活のパッチワークだ。
自分の人生を切り売りする心地好さが堪らない。
此の半生を想うに、可愛い人と可愛くない事をし、可愛くない人と可愛い事をし続けた日々だった。
行為の後の夜中に走る自転車から視上げた三日月だけが僕の味方だったかも知れない。
特に武蔵野の美大に往ってた頃は、戦場の様に冷たい街を歩き続けていた。
其れに慣れたら、軀と心は混ざって遅れてるガラクタに成って居た。
常に汚れた下着の様に、後ろめたさと反抗を繰り返していた。
太陽系にさえ、無理を強いてボロボロに成っていた。
だからって死ぬのは間違いだとは判って居た。
卵と砂糖に嫉妬をしては泣いて居た。

別れは別れで無様な方が似合っている。
悪魔の強欲は憐れな方が善いのだから。
馬鹿って罵った方が心理を持たれるの。
気を遣うのはそんなに罪の所作なのか。
「往くな」と言う鳴き声の歪みからも。
見世物小屋のゴムを膨らませば割れる。

何れだけ打鍵しても音楽の貌を保てない感情。
其れを正義と呼ぶなら、僕は感情を棄てたい。
嘘を吐くのが得意だから、蛇の舌だって簡単。
なのに信仰を求めるなら、僕は夢に潜みたい。
裸の震えに怯えたりなんて絶対にしない約束。
要は、壊れた大人に成った僕を飛び降りたい。

夏の雪が余りに淋しそうに濁っていったから。
病を散らす為に出来る作詩の懲り無さ。
難しい人には難しい関係を享受する熱が有る。
手紙を書いたら不老不死に成らないと。
僕には来世が無いから待ち惚けに心を寄せる。
水素の様に宇宙を目指せと親様の彗星。

人が平和を唱える時は、殺した人の数を毎朝数えている神父みたいな心持ちだと思っている。
旅人だと名乗る人は、些細な其の慕情で人を騙す事でしか顕示欲を満たせないのだと思っている。
赤い糸が何本も有る人と、一本も無い僕の違いは、キット幼少期に頭を打ったかに依ると思っている。
指が二十本、軀に備わってるのは、半殺しの拷問に十回は耐えられる様に設計されたからだと思っている。
ユーモアばかり必要とされているのは、親友の感傷に疲れ美しさに飽き判った顔をしたいからだと思っている。
強い言葉をバタフライナイフの様に振り回してる誰彼には、誰も決して名前や顔面を与えては呉れない。
何も遺せなかったとしても、其れは最早他人の話に成るので僕は僕が生きてる事しか興味を持てない。
素粒子の様に静かに回転できていれば、少なくとも僕はちゃんと決断し文句を言ったりはしない。
誕生日みたく逆しまの感情の衝突点が有ったとして、子供を駅の階段からは突き飛ばさない。
生き方を舟に喩えるのは嫌いだから、僕は海を偉大と讃える物語はズット読んでいない。

死にたい人、生きたい人、苦しい人、愉しい人、不安な人、余裕な人、全てを失った人、世界がキラキラしてる人、出来る限り、軀にだけは気を付けなさい。

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