正直に生きてきた。
自分の思いに忠実に。
自分にも他人にも嘘をつかず。

だから人は嘘をつかないと思っている。
それは大きな間違いである。
それでも、根っから信じているために気付かないことも多い。

相手もその嘘を信じて欲しくて嘘をつくのだからそれでも良いのかもしれない。

だから私は仲間と呼べる人や浅いけれども友達は多いのかもしれない。

だが困ったこともある。
嘘をつく人間は逆に私が嘘をついていると思うのだ。
あられもない嫌疑をかけられ、言いたいことを言われ、勘違いされたまま進む。
それが仕事の人であったり、必要としている施設の人にそう思われることが最も大変である。

自分に正直な故、どーんと沈む。
雲行きが怪しくなれば自分の心にも靄がかかり、やがて真っ暗になる。

上手く嘘をつければ、本当に嘘をついているのだから相殺されるだろうに。
性格上、それは困難なことである。

今まで自分に正直に嘘をつかず生きてきたと言ったが、生まれてこの方そうだったわけではない。
自分でもコントロールが効かない程不安定だった思春期頃は、自分を良く見せるため、周囲の人よりすごいと思われたいため、嘘で塗り固めたこともあった。
それが辛かったのだ。
1つ嘘をつけば、その嘘に基づいて更に嘘を重ねていかなければならない。
ちょっとした嘘だけでなく、想像の域で話を作り嘘をついたこともある。
とても見苦しく、自分が嫌な人間であったといつ振り返っても思う。

そんな経験を経て、嘘はつかないことを決めた。
自分の思いを話すときも、着飾らずに全てを曝け出す。

だから嘘をついていると嫌疑をかけられるのはすごく心外である。
どうしようもなく嫌になるのだ。
今後はそういった人への対処の仕方、自分自身の気持ちの落とし所を見つけていくのが課題になるだろう。
まだまだ自分は発展途上なのである。
このまま嘘をつかずに、うまく生きていきたいものである。

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