見出し画像

あるミコッテとララフェルの朝

 カーテンの隙間から差し込む朝日によって目覚めたミコッテのツェネコ・キオアは自分の尻尾に違和感を覚えた。
 身を捩って見ると、相棒であるララフェルのハトト・ハトがツェネコの尻尾に抱きついていた。
 ハトトは寝るときはなにかに抱きつくと安心を覚えるので抱き枕を愛用しているのだが、時たまこのように間違えてツェネコの尻尾に抱きつくことがある。

 別々のベッドで眠ればこのようなことも起きないのだろうが、節約できる金は節約したい。ハトトが極めて小柄な種族であるララフェルであるし、女同士なら一緒に寝ても問題なかろうと一人用のベッドを二人で使っている。
 
「もう朝よ。起きなさい。それと尻尾を放して」

 ツェネコは尻尾を引き剥がてからハトトを起こそうとする。
 
「もう少し……もう少し寝かせてください」

 ハトトはなかなか起きなかった。
 
「もう」

 そこでツェネコは尻尾の先で、ハトトの首をくすぐる。
 
「あははは! うふふふ! やめて、やめてください。起きます、起きますから!」

 ようやくハトトが目覚めた。
 
「もう、ツェネコさんの意地悪。久々のベッドなのですから、もう少し寝かせてもらっても良いじゃないですか」

 ぷっくりと頬をふくらませるハトトは、もとより幼く見えがちなララフェルということを差し引いても子供っぽかった。とても成人とは思えない。

「気持ちはわかるけどね。せっかくの休暇を寝て過ごすつもり?」
「わかりましたよ。ひとまず着替えて朝ごはんにしましょう」

 ハトトはベッドからぴょんと飛び降りるとクローゼットへと向かっていった。

「ふんー!」

 ハトトは顔を赤くするほど力を込めてクローゼットの扉を開けようとする。立て付けが悪いので、なかなか開かない。
 この家はララフェル専用の作りではないので、ハトトにとってここでの生活の殆どが重労働だ。
 そういう時、手を貸すのがツェネコの役割だ。ガタガタと扉を揺さぶりながらどうにかクローゼットを開ける。
 
「ありがとうございます」
「お安い御用だよ」

 ハトトはどんな些細なことでも、なにかしてもらえば礼を言う。ツェネコはそんな彼女を心から好ましいと思っていた。

「さすがに不便ね。もうちょっとお金が溜まったら、大工を呼んで家を総点検させましょ」
「築35年の家を中古で買いましたからね」

 エオルゼアの各国は有力な冒険者を自国に定住させるため、色々と便宜を図っているものの、やはり家は家なので高い買い物だ。
 それから寝間着から着替えた二人は協力して朝食を準備する。
 
「えい!」

 ハトトが威力を弱めたファイアの魔法をかまどに打ち込んで火を入れる。
 
「いつも思うけど、なんでわざわざ魔法を使うの?」
「修行の一環ですよ」

 ニコリと笑うハトトを見ると、たんに面白がってやっているように思えた。
 こうして出来上がった朝食は、ブラッドトマトサラダとウォルナットブレッドのトースト、エメラルドスープだった。
 
 エメラルドビーンを煮込んだ鮮やかな緑色のスープを口にすると、ツェネコは幸せな気分になった。
 冒険者をやっていると、このように温かい食事のありがたさをしみじみと感じられる。
 ならば冒険者などやめて普通の仕事につけば良いのだが、ツェネコは先の第七霊災で親類縁者を全て失っており、何のツテもなく、あるといえば腕っぷしの強さだけだった彼女はこの道しか無かった。
 
「ねえハトト」
「どうしましたツェネコさん」
「ウルダハで仕事した時、あなた求婚されていたわよね。あのララフェルの商人、悪い人じゃないしけっこう裕福だったじゃない。冒険者なんて危ない仕事を辞められたのに、どうして断ったの?」

 ハトトの境遇もツェネコと概ね同じだった。彼女が頼れるものといえば魔法の腕前だけであり、やはり冒険者にならなければまともな生活費は稼げない。
 そういった意味では、あの商人からの求婚は玉の輿のチャンスだ。ハトトはなぜ安全で幸せな生活を蹴ったのかとツェネコは疑問に思った。
 
「最初こそは仕方なく始めた冒険者でしたが、今は……」
「今は?」
「ツェネコさんとの冒険が楽しいのです。だから今は結婚に興味はありません」
「そう」

 そっけなく言ったツェネコだが、彼女もまたハトトとの冒険を楽しいと思っていた。
 まだまだ彼女との冒険を続けられるのは嬉しかった。その証拠に、ツェネコの尻尾は嬉しそうに振られていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?