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戦車道の怪物④

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 決勝戦はさらに戦車の数が増え、最大20両が参加可能となる。
 おそらくは最大の逆境となるだろう。
 大洗は試合に備えて最善を尽くした。
 自動車部チームが乗るポルシェティーガーと、ネトゲチームが乗る三式中戦車が新たに戦力として加わる。

 また、Ⅳ号戦車は追加装甲が特徴的なH型仕様に改造し、38tは改造キットを使って火力と防御力を上げたヘッツァー仕様に強化した。
 これで黒森峰に勝てるという保証はどこにもないが、それはいつものことだ。大洗にとって、勝利を確信して戦いに挑めたことは一度もない。
 それでも大洗は勝った。

 絶対に勝てるという保証がないからといって、どうせ負けてしまうと諦める理由にはならない。
 やるしか無いのだ。
 決勝戦は戦車道の聖地も言える東富士で行われる。
 ここに立つと、みほは否が応でも去年の出来事を思い出してしまう。古傷が痛むようなうずきを感じる。

 試合前、これまで対戦してきた人たちが応援にやってきてくれた。彼女達の顔を見ると、心にあった古傷の痛みが嘘のように消えた。
 良心のある戦車道。あるのかすら定かではない道を自分は切り開くことが出来たのだろうか?

 それはまだ証明されてはいないが、好敵手達との間に生まれた、友情と呼ぶに値するこの温かさは、少なくとも間違いではなかったと教えてくれている。
 試合開始の時間となり、まずは代表者同士の挨拶が行われる。
 目の前には姉のまほと副隊長のエリカがいる。

「お久しぶり。弱小チームだとあなたでも隊長になれるのね」

 早速、エリカがその悪辣さぶりを遺憾なく発揮していた。
 彼女がこのような悪党に成り果ててしまったのも、西住流に責任がある。西住流さえなければ、エリカは以前のままであったはずだ。

 それに加えて、みほ個人にも責任があった。自分のせいで黒森峰は10連覇を逃し、戦車道をやめたと思ったら、のこのこと恥知らずに出戻ってきた。それがエリカが悪意を向けてくる原因だろう。

「たまたまここまでこれたからって、いい気にならないでよ。見てなさい。邪道は叩き潰してやる」

 だから今はエリカの悪辣さをそのまま受け止めよう。
 みほは試合開始地点へと向かおうとしたが、後ろから呼び止められる。

「待ってください、みほさん!」

 振り返ると黒森峰の生徒がいた。

「あの時はありがとう」

 去年の決勝戦で、河に転落した戦車に乗っていた一人だ
 黒森峰を去っていてから、彼女はずっとみほのことを心配していたという。自分たちが迷惑をかけたせいで、戦車道をやめてしまったと。

「でも、みほさんが戦車道をやめないで良かった」

 みほは全てが報われたような気持ちとなった。彼女を助けたことは、良心に従ったことなので一分の後悔もなかったが、報われることは期待していなかった。
 しかし、こうして感謝の気持ちを伝えられると、心は喜びで満たされる。

「私はやめないよ」

 みほは目の前の少女にほほえみかけた。
 悪党を育て上げる道であると一度は失望しかけたが、今は希望を取り戻した。
 西住流が邪道と罵る道こそに光があったのだ。夢を預け、青春を捧げるに値する白い道をみほは大洗で見つけた。

「お互い、試合では全力でぶつかり合いましょう。みほさんが相手でも、手加減はしません」
「私もだよ。お互い本気で戦おう」

 そして、ついに決勝戦が始まった。
 先手は黒森峰に取られた。森をショートカットしてきた相手の電撃戦により、ネトゲチームの三式が撃破されてしまう。
 誰であろうとも油断などしないという、姉の強い意志を感じた。

 この戦いでは数と戦車の性能差を補うために、有利な場所を素早く確保する作戦を事前に練っていた。
 煙幕を使い、大洗は丘の上に陣取る。
 もちろん、これだけで勝てるとは考えていない。何両か撃破出来たが、敵は高い防御力を持つ戦車を使ってじわじわとこちらを追い詰めてきた。

 これこそが西住流が王道とする戦い。
 しかし、西住流は今回に限って弱みを持っている。
 それは、黒森峰が戦う相手に、西住みほという西住流を知り尽くした者がいるという事だ。

 みほは生徒会チームを単独行動させ、背後から敵陣の内部に突撃させた。いきなり自分たちの中に敵戦車が突っ込んできた黒森峰は大きく動揺し、同士討ちを怖れてまともに攻撃もできない。

 西住流は十分に戦力と隊員たちの練度を高めた上で戦いに臨む。言い換えるならば、試合の前から勝ったも同然の状態にした上で出場をするのだ。
 だからこそ、定石からかけ離れた動きの対処力に弱い。邪道を見下すあまり、邪道の対処がわからないのだ。

 無論、生半可な邪道では西住流の巨大な王道の前に踏み潰されるだろう。
 しかし、黒森峰が戦っているのは大洗なのだ。全ての戦いが逆境であり、なおかつ負ければ廃校と後が無い。邪道を突き詰め、正道にまで昇華させてここまでやってきた。
 大洗は撹乱作戦によってボロボロになった敵陣の中央を突破する。

 次の目標地点に向かうため、大洗は河を渡ろうとする。
 そこでトラブルが発生した。一年生チームのM3がエンストを起こし、河の流れに押されて横転しかかってしまったのだ。
 後輩たちは自分たちを見捨てて先に行けという。

 自分は今、真偽を問われている。

 みほはそう考えた。
 これまで切り開いてきた道は、上辺だけの「偽り」なのか。それとも、良心のある「真」の道であるのか。神か、それとも運命か。それは定かではないが、目で見ることができない何かが問いかけている。

「行ってあげなよ」

 武部沙織という名をもつ良心が、みほの背中を後押しした。
 もはや問われるまでもない。全ては良心に従う。その心に乱れはない。
 みほは河のなかで横一列に並ぶ戦車を飛び移って、ワイヤーをエンストしたM3につなげる。そして味方全車両で牽引した。

 河を渡り切る直前で、幸いにもエンストしたM3は再びエンジンが掛かった。
 向かうのは市街地エリアだ。そこで決着をつける。
 大洗が市街地エリアへ向かうのは黒森峰も予想していたのだろう。そこにとんでもない切り札を待機させていた。

 超重戦車マウス。第二次大戦時のドイツが技術の総力を結集したものの、ついぞ実戦を迎えることなく消えていった幻の戦車が、現代の日本に姿を表したのだ。
 信じられない程の分厚い装甲と強大な火力が牙を向き、大洗は立て続けにルノーと三号突撃砲を撃破されてしまう。

 マウスの装甲の前では最も火力を持つ車両が至近距離で砲撃しても装甲は撃ち抜けない。その上、こちらは一発でも命中したらおしまいだ。
 数に大きな差がある以上、大洗は市街戦で決着をつける以外に勝利はないが、そのためにはマウスの撃破は必須。
 一体どうすれば倒せる? みほはなにか手はないかと思案する。

「いくらなんでも大きすぎ! こんなんじゃ戦車が乗っかる戦車だよ!」

 武部の悲鳴に近い声に、みほはひらめいた。
 まず、背の低い38tをマウスの車体の下にねじ込む。車体を持ち上げられたことで、マウスはその場から動けなくなった。
 続けて、マウスの砲塔が真横を向くように誘導し、そこへバレー部チームの八九式をマウスの車体に昇らせる。これによって、マウスは砲塔の回転もできなくなる。

 あとは、Ⅳ号戦車が土手の上に移動し、砲塔が横向きになって露出した、脆弱な部分を攻撃する。
 マウスから撃破判定の白旗が上がる。これで敵の切り札を潰した。
 その後、バレー部チームと一年生チームが敵の戦力を分散しつつ、みほ達と自動車部チームはとある廃墟へと敵フラッグ車のティーガーⅠを誘導する。

 この廃墟は建物が外周部を壁のように取り囲んでいるのが特徴であり、敷地内へ戦車が入れる入り口はたった1つしか無い。
 ティーガーⅠを誘い込んだ後、すかさず他の黒森峰の戦車が入ってこれないよう、ポルシェティーガーⅠが入り口前に陣取る。
 こうして、みほは敵のフラッグ車と一対一の状況に持ち込めた。

「西住流に逃げるという道はない。こうなったら、ここで決着をつけるしかないな」

 ティーガーには姉が乗っている。
 徹甲弾のように鋭い視線を姉はみほに差し向けてきた。
 いつだったろうか。姉の視線に耐えられなくなっていたのは。小さい頃は、戦車を自在に操る姉を尊敬していたが、高校生になった頃は怪物に睨まれたかのような恐怖心しかなかった。

 だが今は違う。武部沙織、五十鈴華、秋山優花里、冷泉麻子。それに今まで一緒に戦ってきた大洗の仲間たち。みほはたくさんの良心が自分に勇気を与えてくれるのを感じた。

「受けて立ちます」

 この試合の前、みほは自分が姉と対決することになると予感していた。
 これまでの試合で、みほ達のⅣ号戦車はフラッグ車になることは少なかった。
 だが、今回に限ってはⅣ号をフラッグにしたのは、このためだったのだ。

 隊長としてチームの全てを背負う覚悟を持って姉の対決する。西住流に対して自分の道を示すためには、決して欠かすことが出来ない、ある種の作法なのだ。
 もう恐れはない。みほは表情を引き締め、みずからも鋭い視線を姉に向かって返した。


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