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愛が摘まれていた時代

2021年の映画初め(そしてNote書き初め)として、
台湾映画「君の心に刻んだ名前(Your Name Engraved Herein/刻在你心底的名字)」を見た。

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予告編(日本語字幕)

​台湾の歴史を感じる

この作品は2020年の台湾でヒットした映画で、興行収入的にも評価的にも成功を収めている。

物語は1987年の台湾。第二次大戦後から長く続いた戒厳令(政権への市民の反発を抑え込むために敷かれた軍部主導の非常法)の終焉からスタートする。
政治活動や表現の自由が認められて行った一方で、同性愛に対する取り締まりは厳しく、世間の風当たりも強かった。
舞台はキリスト教の全寮制男子高校。宗教的にも同性愛は罪とされる環境だ。
冒頭10分あまりで、そういう時代なんだ。ってことが説明臭くならずに提示される。

リウ・クァンフイ(柳廣輝)監督のインタビューによれば、この作品はオープンリーゲイの監督自身の実体験をもとにしているそうだ。
だからこそ、ぶっちゃけ少しセンチメンタルな部分や、過去を懐かしみ美化しているようなところもある。でも、それが気にならないくらいのロマンチックさとメッセージ性、そして美しい映像と音楽に魅了される。

管理された環境に生きる主人公たち

主人公はアハン(画像上)とバーディー(同下)。
2人は同じキリスト教の全寮制の男子校に通っており、部活も同じブラスバンドだが、アハンは理系クラスでバーディーは文系クラスに通っている。

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寮は舎監が厳しく"風紀の乱れ"を取り締まり、持ち込む私物や夜間の外出、恋愛禁止などの厳しい制限がある。学校はあくまでも「受験勉強のための施設」というような位置づけであり、"親の期待に応え、いい仕事に就いて、いい結婚をする"ことだけが人生の成功であるという価値観に貫かれている。

アハンは理系クラスで容姿にも恵まれており、いわゆる「勝ち組」グループにいる。イケてるグループにいて、おそらく望めば彼女にも困らない感じだ。でも、彼は自身の性的指向に気づき戸惑いを抱えている。

今の日本でも存在するが、文系よりも理系の方が優れているという価値観がある。文系は理系に行けないやつが行くところ。文系に進んでも会計士や弁護士ぐらいで、ろくな仕事にはつけない。そんな感じのとらえ方だ。
アハンが理系クラスでの成績が振るわず文系クラスへの移動を余儀なくされる際、彼の父親は「文系クラスは恥さらし」と言い放つ。

バーディーは本名はボーダーと言うが、文系クラスのうえに空気を読まない言動をたびたびするため「変人」という意味の「バーディー」と呼ばれ、アハンが属する理系グループからバカにされ、いじめられている。

舎監をはじめ、主人公たちを取り巻く大人たちの多くが
"悪い学生は矯正する必要がある"という思想に基づき学生たちを扱う。
冒頭から充満するこの空気感に、彼らの置かれる状況を肌で感じられるようで、見ていて息苦しさを感じた。

それはきっと、厳戒令下の台湾の空気感とリンクするのだろう。

教育が人を作る

アハンに大きな影響を与える人物が、学校にいるオリバー神父だ。

ブラスバンド部の指導もする彼はアハンが心を開いている数少ない人物だが、立場上、繰り返しアハンにキリスト教的価値観を説く。
突発的な事件が起こった後にアハンがカミングアウトすることになった後も、神父は同性愛自体を認めることはしない。
イエスによれば人には7つの罪がある、色欲が最も罪が重い。聖書には「欲望を抑えよ」と書かれている・・・。
正直そのどれもアハンを救ってはくれないし、ただ追い詰めるだけだ。

そんな神父に、アハンはまっすぐ答える。
"俺を地獄に落としてくれ。同性愛者は地獄行きだろ?たくさん仲間がいる。あんたは天国に行けよ"

神父はカナダのモントリオール出身だが、キリスト教的価値観の風土が窮屈になり家を出て、台湾まで流れ着いた人だ。
そんな人が神父をしていることに疑問を感じて見ていたが、最後まで見て、アハンに対する神父の言動の理由が理解できる気がした。彼もまた苦しみを抱えていたのだ。

ゲイであることでいじめられているクラスメイトとアハンとのやりとりも印象深かった。
ゲイであるというだけでボコボコに殴られる彼。アハンがグループのメンバーにけしかけられて彼をバットで殴ろうとするとき、「僕の血を浴びたら病気がうつる」と言う。
1987年当時、HIVはまだまだ未知の病気だったし、同性愛自体が遠ざけられた環境ではこの程度の認識だったのだ。たった30数年前の現実だ。

全編通して「教育」とか「環境」が人の価値観や習慣を作り上げるんだってことを思い知らされるようだった。
それだけ、大人の責任の重さ、社会を作り上げる一人一人の責任みたいなことも考えさせられた。

「臆病はどっちだ」

中盤のシャワー室のシーンで2人が急接近するシーンは印象的だ。
抑えられない気持ちをぶつけるアハンとバーディー。
その後、バーディーは「ごめん」というセリフを繰り返す。
「ごめん」と言うのは、アハンの気持ちを受け入れられないことだけじゃなく、湧き上がるこの気持ちに正直になるわけには行かない。という自分自身に対しての「ごめん」なんだ。それを、お互いが分かっている。

ほかの学生より自由に言いたいことをいうバーディーさえ越えられない壁。

愛する人と心身ともにつながる。
そこに発生するネガティブな気持ち。
気のせいだ、これは友情なんだ、変えられる、矯正できる、罪を犯してはいけない。周りに気づかれたら生きていけなくなる。

愛には善悪があり、同性へ惹かれる気持ちは悪だ。
喜びはなく、戸惑いや嫌悪感や、恐れが押し寄せる。

最終的に一番の障壁は自分自身のなかにある価値観や規範意識であるというところが、この物語の悲劇的な所だ。
でも、その価値観は社会によって作られている。
誰かを救うためには、社会を変えなければならない。

今後、愛が芽吹く前に摘み取られるようなことがありませんように。
そんなメッセージが聞こえてくるようだった。

現代までつづく自国の性的マイノリティの権利獲得の歴史を暗部も描きつつ、それをきちんと総括して、ラブストーリーとしても素晴らしい。
たった30年余りでこれだけの劇映画をつくるほどに進展した台湾の性的マイノリティの権利向上が羨ましくなるとともに、声を上げ続けた人たちに敬意を表したい。

過去は変えられないけど、今と未来をどう生きるかで過去を救うことができる。そんな前向きなメッセージを受け取ったような気持ちになった。

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ちょっと気になったポイント(以下ネタバレあり)

・"プラトニックな愛情は肉体的な性欲よりも素晴らしい"と言う価値観
→これは時代的なものと、カトリックを背景にしている以上ある程度は仕方ないとは思う。神父とのやり取りでアハンは「性欲でなく、心で受け止めて欲しいだけだ」という旨の発言をするが、これはキリスト教のいう「性欲は罪」という論に反発してのことだ。アハンとはバーディーは肉体的な接触を「しなかった」のではなく「できなかった」のであり、製作側はセックスしなかったから清い関係、みたいに描きたいわけではないと思う。(ここを受け取り間違えないようにしたい)

・"初恋は美しい"という価値観
→インタビューによればこれは監督の実体験をかなり反映した作品らしく、思い出は美化されがちだから仕方ない。(ちなみに監督の初恋は実らなかったよう)
今回2人の30年間は詳しく描かれないけど、いろいろ経験してきたことは分かる。ただラストは現在の2人の姿で終わらせてもよかったと思う。イノセントに振りすぎなくてもよかったかな(語弊をおそれずに言えばそれが大衆ウケにつながったんだろうけど)

・女性キャラが不幸
→これは個人的な好みだが、女性キャラが不必要に不遇な扱いを受けるBL作品はあまり好きではない。今作ではアハンの母親とバーディーの恋人バンバンが登場するが、どちらも主人公たちの葛藤の巻き添えを食って苦しむことになる。
「時代のせい」ともいえるが、フィクションならばとくにバンバンの描き方はもう少し救いが欲しかった(退学だけでなく、現代パートでまで取り返しのつかない後悔をさせてしまうと、主人公たちの再会を手放しで喜ばなくなってしまう)

劇中の気になった言葉まとめ

 (出典:とくに記載のないものはWikipedia)

・祁家威(チー・ジアウェイ)
台湾における同性婚の合法化を求める民法改正案の発起人であるだけでなく、LGBT権利向上運動の草分けでもある。「台湾一有名な同性愛者」や「台湾で初めてカミングアウトした同性愛者」、「エイズ患者支援活動家」など、メディアが彼に与えた称号は多い。彼の人生は、台湾の同性愛史そのものだといっても過言ではない。(出典記事:文末にURL記載)

・三毛(サンマオ)
台湾の小説家、作家。1991年没。
台湾だけではなく中国と香港でも名声を得た。代表作『撒哈拉的故事』(『サハラ物語』)、『雨季不再来』(『雨季は二度と来ない』)

・陳昇(ボビー・チェン)「混雑した楽園」
台湾の歌手。公式YouTube。
陳昇 Bobby Chen【擁擠的樂園 The crowded paradise】Official Music Video

・檳榔(びんろう)売り
檳榔(びんろう:ヤシ科の植物。種子は嗜好品として噛みタバコに似た使われ方をされる)や、たばこを売る若い女性を指し、台湾の路上でしばしば見かけた日常風景。外からはっきりと明るく見えるガラスの囲いから肌を露出させたセクシーな服装を着て物を販売している。檳榔はアジア太平洋地域に生息しているにも関わらず、このようなセクシーな檳榔売りの女性は台湾に限定して見られる。

・瓊瑤(チョンヤオ)
台湾の恋愛小説家。主要作品は『一簾幽夢』『還珠格格』など。
繊細な筆触で浮世離れした恋愛模様を生々しく描くため、「男性は金庸を読み、女性は瓊瑤を読む」と言うほど中華圏では絶大な人気を誇り、多くの作品は映画やテレビドラマに改編された。

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参考記事
時代を越え貫く男性同士の純愛を描いた台湾映画『君の心に刻んだ名前』 監督インタビュー

「ゲイ」という言葉さえなかったときにカミングアウトして30年|台湾の同性婚合法化の立役者、その半生

陳昇(ボビー・チェン)公式YouTubeチャンネル


*画像はすべて豆瓣电影のものを使用しました。
( https://movie.douban.com/subject/33408026/photos?type=R )

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