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僕の知らないチョコブラウニー

「ねぇ、来週の週末一緒にあの町に行こうよ」
Shinがそう言ってから、僕はずっと複雑だった。

一緒にあの町に行くこと自体は嫌じゃない。僕の心に引っかかっているのはShinを待っているあの2人のことだ。

ボスJhonがいなくなってからあの町はちょっと寂れたが、あれからShinとつながりのある業者が少しずつ開発を進めている。
「いいけど・・・でも僕が一緒だと邪魔じゃない?あの2人に会いに行くんだろ」
「邪魔じゃないよ。あそこに新しい家を買おうと思って。きみと一緒に選びたいんだ。それに、いつか2人にきちんと紹介したいと思ってたし・・・」

え、ほんとにそんなこと思ってたの。と声に出しかけて慌てて目をそらした。

いまの僕とShinの関係を表す言葉は何だろう。
「恋人」と言う勇気はないし、「上司と部下」と呼ぶには近い。
他の人から見たら曖昧な関係と思うかもしれないけど、Shinはそれでいいのだろう。彼は世間の作った枠にはまりたくないって生きている人だから。

僕はそんな彼が好きだ。

はじめて海辺で出会ったあの日、彼は絵を描いていた。
一心に被写体を見つめる彼の視線はどこか悲しげで、なんだか消えてしまいそうに見えた。これが、バンコクで知らないものはいないという権力者の息子・・・?
僕はボスJhonの命令で近づいただけのはずなのに、彼を見た瞬間不思議な気持ちになった。
彼のことがもっと知りたい。もっと近づきたい。そう思った。
必死に話しかけたけど、話せば話すほど空回りしているのが自分でも分かった。旅行ガイドをしているときにはスラスラ出てくる言葉が、彼の前だと絡まってしまう。
そのあと彼をホテルに閉じ込めて見張っていたときも、もちろん命令はされていたけど、本当に友だちになりたくて、何とか彼に近づきたくて必死だった。
でも、気持ちに言葉が追い付かなくて、焦ってナイフとか出しちゃうし、あのとき彼に僕の思いは届かなかった。

Shinと桟橋で別れてからも僕は相変わらずガイドの仕事を続けていた。変わらない毎日、先が見えなかった僕はあの町でひたすら彼のことを考え続けていた。
彼は権力者の息子で、このままいけば富も権力も約束されている。望めばどこへだって行けるし、買いたいもののほとんどは買える。この町から出ることさえできない僕とはあまりにも住む世界が違っている。
でも、彼はそんなものに興味はないと言った。もっと意味があるものがあると言った。
そして、ガイドをしているときもボスJhonの下で働いているときも誰からも関心を持たれなかった僕のことを、彼はまっすぐ見てくれた。彼の全部を受け止めてくれるような目を、僕はずっと忘れられないでいた。

「Thanaが死んだらしい」というニュースが僕の耳にも入るようになりしばらく経ったあと、Shinが突然あの桟橋にやって来た。
驚く僕に彼は静かに微笑んで「久しぶり」と言った。たぶん、僕が本当に彼に恋愛感情を抱いたのはあの時だ。
それから僕は彼と共にあの町を離れ、バンコクに住むことになった。Shinは「手伝ってもらうため」と言ってるけど、ほとんど僕が押し掛けたようなものだった。

バンコクへ移り住んでから1か月、Shinとは何度かデートと言っていいような2人きりでの食事をした。
はじめは僕の方から誘った。彼は迷いなくそれに応じてくれた。
2人とも決して恋愛経験豊富ってわけじゃないけど、いつも彼との時間は充実感に満ちている。
でも、心のどこかで僕の不安はずっとくすぶっている。
彼の心の奥底に、いつまでもあの2人の…とくにNeoの存在があるのを感じるからだ。

ShinとNeoとMiwは文字通り命がけの逃避行をした3人だ。
僕もはじめて会ったときから3人の見えない絆を感じていた。彼らにはただの人質と誘拐犯でもない、友達とも違う、特別なものがある。

NeoやMiwとの思い出を話すとき、Shinの表情はいつも生き生きしている。
その顔を見るたびに、自分が絶対に踏み込めない世界にいる2人への嫉妬で僕の心は波立った。
Shinのそばにいられるだけで幸せだと思ってたのに…

こんな気持ちになったのは、生まれてはじめてだった。


週末、Shinとあの町へ行った。
「THREE HEARTS」と看板のかかったダイナーは、間取りは同じだけど壁も床もきれいに塗りなおされて、僕がいたときとは違う場所みたいになっていた。もうガイドが無理やり連れてこなくても、自然と観光客が集まるようないい店になるだろう。

Shinは目に見えていつもと様子が違った。ちょっと気合の入った服を着て、なんだかうきうきして。何も言わなくても、久しぶりに2人に会うのがうれしいのが伝わってくる。
Shinから紹介されたとき「事業とプライベートの両方を手伝おうと思ってる」なんて余計なことを言ってしまい、気まずくなった僕はすぐにその場を立ち去った。

一人でモーテルにチェックインして、ずっとShinとの今後のことばかり考えていた。

夕飯前に戻ってきたShinと、また2人のダイナーへ行った。
新装オープンしたばかりのダイナーは、物珍しさもあってたくさんの客が来て繁盛していた。NeoもMiwも忙しそうに店を切り盛りしている。
店員たちも忙しそうだ。彼らはバンコクでMiwやNeoと同じ職場だった人たちらしい。

夕食ももう終わりかけたとき、Miwがニヤニヤしながらチョコブラウニーを持って来た。
Shinが「うわ・・・どういうつもりだよ」と動揺する。
「ちょっと2人で試食してみて。前のオーナーからレシピを伝授されたの。うちの看板メニューにしようと思って。あ、今夜は変なものは入ってないからね」と笑いながらMiwが言う。
今夜は・・・ってことは、前にこのダイナーで食べたことがあるのかな。
僕はまた3人の世界を見せつけられたような気持ちになった。

平気な振りをしていたけど、Shinには見透かされていたのだろうか。
「ちょっと海を見に行こうよ」と外に連れ出された。

月のきれいな夜だった。

Shinが急に立ち止まった。小さな船着き場・・・だろうか。
月の光が反射してきらきらと輝いて、波の音だけが響いている。
Shinはその様子をじっと見つめていた。

「どうしたの?」
「ん、いやなんでもない」
「・・・なんでもなくないでしょ?」

あーだめだ、飲み過ぎた。
しょうもない感情で溢れそうになる。

「あのさ、きみってNeoが好きなんだよね」
「・・・なんだよ、急に」
「嫌じゃないの?MiwとNeoが2人で一緒にいるのが」

言っちゃった。
こんな質問馬鹿げてるって、わかってるのに。

すこしびっくりしたように僕を見つめた後、眼鏡を直しながら彼は言った。
「それって、どういうつもりで質問してるの?」
「・・・・ごめん、こんなこと言うつもりじゃなかった」
「ちょっと、お前飲みすぎだろ」
「・・・チョコブラウニーって何?」
「え?」

まただ、Shinの前だと頭より感情が先に動いてしまう。
自分がコントロールできなくなる。


思わず、彼を抱きしめてい一気に言った。
「きみの気持ちは分かってる、きみがNaoもMiwも大切だって思ってるのも分かってる。だからこんなことバカみたいだって思うけど・・・僕は、きみの恋人・・・1番大切な人になりたいんだ。」

どれだけの時間が経っただろう。
怖くてShinの顔を見られないから、ずっと抱きしめ続けていた。
彼は何も言わない。僕の腕を振り解くこともしない。
波の音と、心臓の鼓動だけが聞こえる。
もうこのまま永遠に時間が止まって欲しい。

Shinが口を開いた。
「・・・きみの気持ちは分かった」
「うん・・・ごめん」
「どうして謝るの」
「・・・きみを独り占めしたくなったから」

また、長い時間が経った。
僕はまだShinを抱きしめ続けている。
「ねぇ、そろそろ放してくれない?」

ドキドキしながら彼から離れた。
月に照らされた彼の顔は、泣きそうにも微笑んでいるようにも見える。
Shinは眼鏡を直しながら
「僕は、いまのきみとの関係に満足してる。きみとはこれからも一緒にいたいと思ってるし、なんていうか・・・寂しい思いをしてほしくないんだ。だから・・・もしきみがそれで寂しくなくなるって言うなら、僕のこと恋人って呼んで」と言った。
最近はビジネス上でもボスとして強気に話す彼が、まるで子供のようにもじもじしながら話している。

もう、それだけで十分だった。
引き寄せて、キスをした。
Shinはちょっと驚いたように力が入ったけど、受け入れてくれた。

「・・・コテージに戻ろうか」
「うん」
「今夜は寝かすつもりないけどいい?」
「・・・おいPP」
Shinは視線を逸らせて、決まり悪そうに眼鏡をずり上げた。


翌朝は2人とも寝坊した。
Miwが朝食を用意してくれる約束だったのに大遅刻だ。慌てて支度してダイナーに向かった。

Miwが待ちくたびれた様子で頬杖をついていた。
「ちょっと今何時だと思ってんの。もう昼ごはんじゃん。昨夜はいつの間にかいなくなっちゃうし。ずいぶんあつ~い夜を過ごしたんでしょうね」

「ほんとにからかうの好きだよな」
「え、Shin顔が赤くなってるんですけど。まじ?図星なの??」
「いいから早く食べさせてよ」
「ちょっと、くわしく教えなさいよ~」
そんなやり取りを聞いて、昨夜の出来事が夢ではないんだと実感した。

朝食を食べ終わるころ、Neoが来た。
「お、間に合った。昨日撮ろうと思ってたのにバタバタしてて忘れてたから・・・ちょっとこっち来て」
Neoが持っているのは、前のオーナーが持っていたものと同じ・・・
「あ、ハンディープリンター!」
Shinが苦笑しながら言う。
「まだやってんの、このサービス」
「このモーテルを買ったとき、オーナーが置いてったんだよ。せっかくだから続けようと思って」
「懐かしいな。そういや前は2人で撮ったよね」


「・・・せっかくなら3人で写りなよ、僕が撮るよ」
なんでそんなこと言っちゃうんだよ、と心のなかで自分に突っ込んだけど、もうどうしようもなかった。僕はほんとに、どうしようもなく小さい人間だ。

そんな気持ちを見透かしたかのように、Shinがぴしゃりと言った。
「なんで?僕は君と2人で撮りたいんだけど」
思わぬ強めの言い方に、僕はすぐに反応できずにShinの顔を見つめて固まってしまった。

MiwとNeoがニヤニヤしながら僕たちを見つめている。
「Shinがそう言ってるのにまだいじけてるつもり?そもそもこれはお客さんへのサービスだし。はいはい早く隣に並んでよ」
笑顔のMiwに引っ張られ、2人並んで立たされる。

「準備いいか。はいチーズ・・・なんかいいな、このツーショット」
カメラを構えたNeoがいたずらっぽく笑いながら言う。
「からかうなよ」眼鏡を押し上げながら恥ずかしそうに言うShinは、微笑んでいた。

そんな2人のやり取りを聞いても、今日の僕は素直に受けいれられる。

僕にもShinとの特別な夜ができたんだぜ…って思ってすぐに、張り合おうと思ってる時点で負けてるか。とちょっと情けなくなる。

「ほら、もうプリントできた。やっぱり便利だなこのプリンター」

プリントアウトされた写真を見ると、ぎこちなく笑う僕の横で、Shinはとびきりの笑顔だ。

写真を僕に渡しながら、Neoが僕に言った。
「次に来た時は、今よりもっと笑顔になってるといいな、PP」

ほんとに、Neoは完璧な男だ。僕なんか敵わない。
でも、次に来たときはもう少し笑顔で写れたらいいな。
そんなことを思いながら、Shinと新しく買う家を見て回る一日が始まる。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

「3Will Be Free」というタイのドラマをもとにした二次創作です。
はじめて二次創作に挑戦しました。
いろいろ言いたいことはありますが、言えば言うほど墓穴を掘りそうなんで、どうか温かい目でご高覧ください・・・。

#Shin受け創作 #二次創作 #タイドラマ #タイBL

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