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VRChat日記:手を差し伸ばされるだけじゃ足りない

今日もVRChatは平和だ。僕の周りにはたくさんの人が集まって賑わってくれている。大切な友だちに囲まれて僕は幸せな日常を手に入れることができた。孤独にひきこもりをしていたときとは打って変わって、孤独とは無縁の生活をしている。しかし、僕の孤独は癒やされることはなかった。それどころかむしろ、ひきこもりをしていたときと似たような孤独を感じることが増えた。人に囲まれているときほど孤独を感じる。会話についていけない、何を喋っているのかわからない、喋り方がわからない、会話をする気力がわかない。そんな要素が混じり合って、その場にいることがいたたまれないくらい強い孤独感を感じてしまった。世の中にはもっと孤独な人もいる。以前の僕はもっと孤独だった。なのに孤独感から開放されない。

今日も僕を含めて5人の人達といつも集まっている喫茶店のワールドでおしゃべりをしていた。今日はいつもと違って僕は疲れていた。頭に靄がかかっているように意識がはっきりとしていなかった。おしゃべりが加速するほど会話についていけなくなる。そして孤独感もどんどん増していく。何もしゃべることができずにただの置物になってその場にいるだけの存在になってしまい、いたたまれなくなった。

その場にいることが辛くなったら、さっさと別の場所に行けるところがVRChatのいいところだ。だが、今日の僕には行ける場所はなかった。オンラインのフレンドがいなかったこともあるが、別の場所に行っても同じことを繰り返すだけだとわかっていた。だから折衷案として、喫茶店のワールドの中にある個室に逃げ込んだ。この行動には逃げ以外にも試し行為という意味がある。僕の姿が見えなくなったことに対して疑問を持った友人が、自分を探しに来てくれることを期待しているのだ。その証拠に独りでその個室にこもっている間、誰かが部屋に入ってきたときにかける言葉を考えていた。無難に「今作業中だったの」とか、正直に「寂しくなっちゃったの」とか言おうか考えていた。僕の友人たちは優しいので、正直に「寂しい」と言えば優しくしてくれる。だがそれでは駄目なのだ。相手から僕が寂しいと感じていることを察知して優しくしてほしいのだ。とんだ甘ったれである。

更にたちが悪いことに、甘やかされれば甘やかされるほど、孤独を感じるハードルは低くなる。「寂しい」と口に出せば、みんな優しい言葉を投げかけてくれるだろう。しかし、それでは物足りなくなり、なでなでよしよししてもらいたくなる。だがそれでも足りなくなってVRエッチを求めるようになるだろう。そうやってどんどん要求水準が上がっていき、依存の沼にはまっていくのだ。

僕のこのような欲求は、自分のために無条件で時間と労力を割いて接待してくれる奴隷を求めていることと同じなのだ。ブラック企業の社長のように、とても卑しい根性をしている。こんな奴は戸塚ヨットスクールに行ってしばき倒してもらうべきなのかもしれない。つくづく自分が嫌になりながらも、今も個室で誰かに来てほしいと願いながら待っている。

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