【04】夜光漂流
有名配信者からのメッセージ
結論から言うと、その日の倉庫作業は2倍の体力を削られた。
まず、大手ECサイトのサンクス週間と重なり配送荷物が集積所に溢れかえった。
続いて最初の休憩で海外留学生バイト12名が一斉に飛んだ。
梅雨時の倉庫内のムッとした熱気が体力を奪う中、洋高はフェイスタオルを濡らしてはヘルメットと頭の間に滑り込ませて作業を続けた。隙あれば業務用サーキュレーターの前に陣取り、ペットボトルの麦茶を流し込んだ。
通常、夜が明ける頃には荷物の振り分けは終わり、荷物の伝票をスキャナーで一つ一つ読み取る作業に没頭しているはずであったが、その日は7時まで体力勝負が続くことになった。
8時半。派遣法で残業ができない洋高は、まだ社員が総出で荷物を右往左往している嵐の中を逃亡するように退勤した。ちょっと気分がよかった。
帰りのモノレール内で、自分の動画チェックをしていた洋高の指先は一瞬凍りついた。
昨日アップしたベストショットをまとめたショート動画が、30万回再生を記録していた。
アナリティクスの折れ線グラフはシンギュラリティでも起きたかのように垂直に跳ね上がっており、リロードする度に数字が50回程度増加した。
家に帰り着くといつものルーティーンで部屋中を動き回るが、なんだか落ち着かない。熱いシャワーを浴びてなんとかベッドに潜り込むが、不安のような高揚感が収まらなかった。
『♫ピコン』
半年ぶりくらいに聴いたスマートフォンの通知音にドキッとして眠りから引き起こされた。
時刻はAM11時を回ったところだった。洋高にとってはこれから壮大な夢の始まりに突入する頃だ。もちろんこの日は疲れて夢すら見ていなかったが。
実家か何かだろうかとスマホに手を伸ばす洋高。
PCメールの件名には、業者の営業メールではなく明らかに洋高個人に宛てられた文言が並んでいて、ハッとした。
『動画配信者の三分坂と申します』
息を呑んだ。詐欺か何かかと思ったが、思わずメールを開封した。
動画配信者、三分坂は登録者12万人のゲーム実況者だった。業界的にはマイナーではあるが、トークに定評がありファンも多い。洋高も登録をしていた。いや、自分が目指すゲーム実況者の一人であった。
動画配信と編集のルーティーンも、眠気と一緒に吹き飛んだ。
たった一通の、メールを齧り付くように読む洋高。
丁寧に、丁寧に、読んでしまうことへの勿体無さを噛み締めるようにメール本文をなぞっていった。
洋高はスマートフォンを掲げて小躍りした。
配信業界の一部になったような、この一通のメールが自分の望む場所に引き上げてくれる存在のような、そんな気持ちになった。
そのまま眠れずに、配信をしようかと思ったが、三分坂さんが観ているかもしれないと思うと配信が出来ずにその日は休んだ。
代わりに洋高は三分坂へのメールの返信を何度も下書きしては、その度に自分のバズった動画のアナリティクスを眺めてはニヤついた。
返答の内容は決まっていた。洋高に断ることなどできなかった。
>続く
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