見出し画像

【07】夜光漂流

洋高とヒロP

22時30分。この日も洋高は浜松町から東京モノレールに乗り込み、深夜の倉庫作業へと向かった。
この数日、車窓から見える建設現場の中にも、都心の隙間に造られた公園にも妄想を掻き立てることなく、ただ三分坂のスタッフとなった自身を想像し続けた。
『返答期間』は明後日に迫っていた。

ガシャン、と大きな金属製の音が倉庫内に響く。スチール製のコンテナを組み立て、ベルトコンベアの周囲に配置する洋高。
事務所の引き出しから、地区名と番号の書かれたコピー用紙を取り出しコンテナに的確に貼ってゆく。
最初は苦戦したが、いつしかこの作業にも慣れていた。

いつ辞めても構わない、と思っていた深夜の倉庫作業だったが、洋高のそんな思いを察知したのか洋高はその日リーダーに昇格し時給が上がると通知を受けた。
初日で消えると思っていた大学生二人組の男の子は、今日で5日めのシフトに入っていた。
口数は少ないが、重労働を率先して引き受けてくれ、リーダーとなった洋高を支えてくれた。

次のトラックが到着するまでの休憩時間にコンテナに座り、洋高は大学生二人と珍しく談笑した。
聞けばソシャゲで課金し過ぎてしまったため1週間限定のつもりで働いているのだと彼らは言った。
「ヒロさんはいつまで続けるんです?」
彼らの言葉に不意に我に返ったような気がした洋高。
こんな日があるなら、ここで仕事を続けても悪くない、とすら感じていた。自分の怠惰性を麦茶で腹の底へ流し込み、覚悟を決めた。

その日、洋高は派遣の倉庫仕事を辞めた。
三分坂に連絡を入れると、喜んでくれた。そしてすぐにメールで、待遇と期間についての契約書と守秘についての書類を送ってくれた。

不安定なクリエイティブ業。
でも派遣の時よりも収入は上がる。
チャレンジをしよう、と洋高は自分に向かって言い聞かせた。

ゲームングPCを起動してヒロPとしてロビー画面に降り立つ洋高。登録者数は593人。
今や通知を入れてくれている視聴者もいるらしく、配信を始めるとすぐに視聴者数は10人〜15人程度になった。
「あー、あー、ヒロPです。 今日もお願いしますー」
ヒロPはジェットパックでバトルフィールドにダイブした。

「これから少しだけ配信の期間や時間が変わるかもしれません。 ちょっと新しい仕事があって」
頑張ってください!とコメントが流れてくる。
お仕事頑張って!そしてプロになってください!とコメント。
いつのまに、自分にはこんなサポーターついていたのだろうか、嬉しくなった。
三分坂との出会いもあって、自分が配信者界隈の一角に居れるように感じた。

派遣登録の解除や保険証の返納を行い、翌週三分坂の配信部屋兼自宅に『出社』した洋高。
三分坂は早速顔出し配信用のマスクを製作していた。
紙袋を模した被り物で、目のところには穴が空けられメッシュの生地が張ってあった。
頭からは紙袋を突き破って紫色の鶏冠が反り返っている。
どこかヒロPを彷彿とさせるデザインに不安が過ぎった。

「顔出し、と言ってマスクを被ってしばらくやり過ごそうかと思ってさ」三分坂は笑って答えた。
ヒロPと一緒に組むのだから、二人のアイデンティティを取り込んだ、と三分坂は説明をした。
チャンネル名も『三分坂P』と名乗ると言う。

ヒロPを模したマスクには多少のザワつきを覚えた洋高だが、名前まで変えたことは三分坂の心意気と感じ、その点は嬉しさすら感じた。

その日はレクレーションで終わり、二人でピザを頼んで食べた。

》》続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?