今思うこと、最近していること

長いこと、純粋に何かを楽しむことができていない。仕事のこと、将来の夢、茫洋と広がる選択肢に立ち止まり、社会生活の難しさに惑い、自分の心が言葉に出来なくなって長く経つ。


きっと、重く考えすぎなのだろう。待遇や将来性、自分の熱意なんかを真面目に、重く捉えすぎて選択することも興味を持つことも垣根が高くなってしまった。


そうだとわかっていても、何に興味を持てば良いのかわからない。そんなジレンマにいる。

そういう重さ、不安から、思うことを言葉に出そうとすると喉に詰まって出てこない。


でも、心の所在は不明ながら、「やっぱり知識が広がる図書館を守りたいかなぁ」と図書館司書を目指している。自分の気持ちなのに、こんなに曖昧なものなのか。もうすぐ面接もあるのに。小さい頃は、好きの理由など考えず、ただ好きだからと夢中になれたのに。人に納得してもらえるような理由を考えて、難しく、気持ちが沈んでいる。


はっきり心を定めたい。曖昧なまま、不確かさを抱えたまま、不安な私を捨てたい。正しさを考えずに何かに夢中になりたい。そんなことを思っている。


でも、知識が広がることはやはり好きなのだろう。気が付くと、新聞でも本でも手当たり次第に知らないことを探している。小説でも、作者と私の物の見方の違いが未知の世界を教えてくれる。古い文学は、知らない言葉を教えてくれる。何かしらの発見のある活字に常に触れていたいんだ。見える世界が広がっていくこと、バラバラの知識が重なり、それぞれの意味が深まっていくこと。多様な言葉のリズムに触れること。そんなことが楽しいのかもしれない。


どんな疑問にも答えられる博識な司書になれたら、生きがいを感じられるかな。


朧気ながらそんな風に思って、2月に市立図書館を辞めた。湿度の高い人間関係に疲れてしまったのもあるけれど。児童書や流行小説など娯楽図書の利用がメインで、学びの場としての立ち位置ではなかったから。もっと、教養や知識を深める場、調査研究活動を支えたいと思った。


今は、図書館学の知識を深めながら、漢字や歴史といった興味のある分野から教養を広げている。漢字は形式的な目標として、漢検準1級を目指して勉強しているけれど、古典との関わりがあり、なかなか面白い。世界史は、世界遺産や物語の背景がわかったり、それこそ嘘のような本当の話があって、面白い。


末はどんな質問にもピンと答えが浮かぶような、博覧強記の司書になりたい。

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