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泣いたって遅いよ赤鬼

節分ですね。
鬼は外、福は内。
そりゃ福は内ですよね。うんうん。

でも鬼って何なんでしょうね。
鬼のような形相の乱暴な輩の喩えでしょうか?

それとも昔の人の目には、
鬼の姿が見えたのでしょうか。
鬼ババアなんて言葉はあるけれど、
鬼ジジイとは言いませんね。

女性としては納得いかない…
と言うのは嘘です。
言いたい事は分かります。


この季節になると子供の頃に読んだ絵本、
「泣いた赤鬼」を思い出します。


人間と仲良くなりたい赤鬼が居た。
遊びに来て下さいと貼り紙をしたものの、鬼だから怖がって誰も来てくれない。嘆き悲しむ赤鬼の姿を見た親友の青鬼が、こんな提案をする。

「オレが人間たちの前で暴れるから、そこをお前が助けるんだ」

最初は赤鬼も断る。
「それでは君が悪者になってしまうよ」

しかし青鬼に押し切られ、2人は人間たちの前で大立ち回りを演じ、助けた赤鬼は望み通り人間の信用を得て、仲良く楽しい日々を過ごす。

それでも青鬼のことが気になっていた赤鬼は、ある日青鬼の家を訪ねてみた。すると青鬼の家はすっかり空き家になっていて赤鬼への手紙が貼ってあった。

「悪者の僕と友達でいると赤鬼くんまで嫌われるから、僕は姿を消すよ。君のことは忘れないよ」


有名な話なので書くこともないのですが、あえて端的に書いてみました。
どちらも優しい鬼さんです。
でもどうしてもスッキリしないお話です。

赤鬼さん、こういう結末を考えてはいませんでしたか?その後も人間たちと仲良く暮らしたのでしょうか?

それとも、

いや、あの青鬼くんは演技で本当はいいヤツなんだよ、なんて打ち明けたのでしょうか?


信用を得るのは大変な事です。
そのショートカットは無いのでしょう。
そして信用を強要することも出来ませんよね。嘘もいつかはバレるものです。

初めから先入観を持ってしまう人間も悪いのかもしれませんが、もう少しじっくり攻める気はなかったのでしょうか。

それでは物語になりませんね(笑)

でも赤鬼さんが嘆くのも分かりますが、青鬼さんの気持ちを思うと切ないのです。

青鬼さんは何であんな芝居を提案したのでしょう。赤鬼さんを悲しみから救ってあげたかったのでしょうか。本当にそうであるなら、純粋で美しい話です。でも実は違うような気がしてならないのです。

自分という親友がいるのに人間の友達を持ちたがる赤鬼くん。
どちらかを選ぶような結末。
実は青鬼さんも淋しかったのかもしれません。赤鬼さんにとって友達は自分だけでは足りないって事ですから。


こうなる事は目に見えていたのに、
分かっていたのにやってしまう。
そんな気持ちは分かる気がします。
青鬼さんが何て言うかは分かりませんが。

青鬼さんが心から、赤鬼さんと人間の仲を取り持ちたいと純粋に願っていただけなら、

青鬼さんゴメンなさい。
私が捻くれていました。
物語を通して、私自身の性格が滲み出てしまうのかもしれません。

でもこの話、青鬼さんが強く勧めたところがミソだと思うのです。
赤鬼さんも最初は断っているわけですから。それとも実は青鬼さん、赤鬼さんとそんなに仲良くなかったのかしら?

「別に赤鬼いなくても友達いなくてもオレはオレだし〜」

そんなタイプで手を貸したなら、むしろ青鬼さんの漢っぷり素晴らしいです。

って、そういう話だったのでしょうか?

「泣いた赤鬼」
主役は赤鬼さんのようですが、私はこんな風に青鬼さんの心理の方が気になって仕方がないのです。

作者は浜田廣介さんで、もう90年近く前に書かれた話なんですね。今とは時代背景も違うし、人との関わり方も違うでしょう。もっとシンプルな美しい友情物語として書いたのかもしれません。

友だち100人できるかな♪
なんて歌もあるくらいですから、たくさんの人と関わって楽しく過ごしたいと思うのは、とても自然な欲求なんですね。

しかしたくさん、よりも濃さを求める人もいるわけで、私はそちらのタイプのようです。かなり鬱陶しいタイプです。自覚しているので逆に友達に対してもクールになってしまいます。

青鬼さんが私と同タイプなのかは分かりませんが、後世の人間から見ても色んな解釈が出来る「泣いた赤鬼」。

これからの時代にも、是非読み継がれて欲しい名作絵本です。