『危機と人類』ジャレド・ダイアモンド (著)を読んで。政治について、いろいろ議論したい人は、まず、読もう。読んだ方がいい。読まない人とは議論したくなーい。というくらいすごい本でした。


『危機と人類』
ジャレド・ダイアモンド (著), 小川 敏子 (翻訳), 川上 純子 (翻訳)

Amazon内容紹介
「『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリ大絶賛!
「国家がいかに危機を乗り越えたか? 明快な筆致に引き込まれる。本書は、地球規模の危機に直面する全人類を救うかもしれない」

遠くない過去の人類史から
何を学び、どう将来の危機に備えるか?

ペリー来航で開国を迫られた日本、ソ連に侵攻されたフィンランド、軍事クーデターとピノチェトの独裁政権に苦しんだチリ、クーデター失敗と大量虐殺を経験したインドネシア、東西分断とナチスの負の遺産に向き合ったドイツ、白豪主義の放棄とナショナル・アイデンティティの危機に直面したオーストラリア、そして現在進行中の危機に直面するアメリカと日本・・・。
国家的危機に直面した各国国民は、いかにして変革を選び取り、繁栄への道を進むことができたのか『銃・病原菌・鉄』『文明崩壊』『昨日までの世界』で知られるジャレド・ダイアモンド博士が、世界7カ国の事例から、次の劇的変化を乗り越えるための叡智を解き明かす!」

上下巻あるけれど、わりとさくさく読めます。著者の他の本より読みやすい。

この本で表明される、著者の、個別具体課題についての評価や立場、意見に全部賛成、というわけではないけれど、現代日本の抱える様々な課題を論じるにあたっても、「必読書」と言っていい。読んでください。読んでない人とは議論したくなーい。というくらい、いろいろと示唆に富んでいます。

最終章に「無知な指導者が跋扈しているのも事実だが、国家指導者のなかには幅広く本を読む人もおり、彼らにとっては過去よりも今の方が歴史から学びやすい時代である。各国の首脳陣はじめ数多くの政治家に会ったとき、私のの過去の著作に影響を受けたと言われるのは嬉しい驚きだった」とあるが、日本の今の首脳陣にこそ、読んで欲しいのだが、読んでないだろうなあ。というか、読めないだろうなあ。百田のインチキ本とか読むのなら、こういう本をちゃんと読んでね。

読みやすさの原因は
①「話がでかい系」(人類史的視点で、包括的に世界を理解しようとする本)の中では、スケールが割と小さい。近現代に限られ、かつ7つの危機を比較している。
②日本のことが1/3くらい書かれているから。(明治維新、第二次大戦、そして現在)、日本の危機についてと、三パートで論じてくれています。

しかし、日本の話だけでなく、どの事例も、日本の現在を考える上で、非常に示唆に富んでいます。

ざっくり言うと、明治維新について肯定的(危機認識、自己認識の正確さ、変えるものと変えないものの選択の正確さ、他国に学ぶ場合、自国に合ったものを適切に選択する、そうした謙虚さと学ぶ姿勢があったこと)
第二次大戦については、当然、かなり辛辣、批判的ですが、それ以上に、現代現在の日本に対しては厳しい。
現在の日本は多くの危機について、認識があっても適切な対応ができていないか、危機認識自体がない。

 自国、米国の現在についてもかなり痛烈に批判しているので、日本に対してのみ、厳しいわけではありません。個別テーマについては賛成できない点も多々ありますが、世界全体を見渡す現代最高の知の巨人からは、日本の課題はこう見えている、分析されているのだ、ということを知ることは有益だと思います。

 日本以外の事例、分析も、ものすごく面白い、勉強になります。いままでちゃんと勉強したことがなかった、フィンランドの対ソ連の歴史、オーストラリアの成立から、最終的に英国から自立していく歴史についても、非常に面白かった。

 中でも、特に、チリとインドネシアの危機についての分析は、現在の日本と重ねて考えるとなかなか興味深い。

この本で取り上げているのは、
〇チリのアジェンデ政権⇒ピノチェト政権⇒その後、現在
〇インドネシアの スカルノ政権⇒スハルト政権⇒その後
 いずれも、二番目のピノチェト、スハルトへの移行のところで、とんでもない弾圧とか虐殺とかが起きるわけだが、それの前提としての、アジェンデ政権、スカルノ政権が、ともに、反米的政権であったとともに、経済政策的に「大きな政府志向」であったために、経済破たんを招いたことが、国の中の中流から富裕層に不満が蓄積していたことを上げている。
 政治的に言えば、共産主義政権、反米政権になることを不安視した米国の強引かつ表裏様々な介入があって、ピノチェト、スハルト両政権とも、ひどい軍事独裁政権ではあったが、アメリカが支援したことで長期政権化した。
 両政権とも、自由主義経済のアメリカの学者を招いて(ピノチェトの場合はシカゴ学派、スハルトの場合はUCLAの)、いわゆる新自由主義的な、アメリカ大歓迎の経済政策を取った。そのために経済的にはアジェンデ、スカルノという大きな政府志向の前政権が破綻させた経済を立て直した。
 このため、ひどい軍事独裁、ものすごい虐殺や弾圧があったにも関わらず、ピノチェトもスカルノも、政権を追われるときも、国民のかなりの支持は維持していた。いまだにかれらを肯定的に評価する富裕~中流階級の人たちがいる。

 どこかの国の現代史に似ているなあ。民主党政権の「大きな政府」志向政策で、経済が不調に。アメリカはそれが気にくわないので、足をひっぱる。政見を奪取した自民党政権は、極端な右寄りの思想に走るが、経済的にはアメリカの新自由主義的政策を推進。富裕層には、右寄りの思想には目をつむり、経済的利益を得たことで、支持を広げる。アメリカも極右的志向は気にしつつも、経済的に新自由主義的政策を推進してくれるので、支援し続ける。

 もちろん、今のところ、チリやインドネシアのような極端な弾圧など起きていないが、(インドネシアのような民主主義の伝統がそもそもない国ならともかく)、チリはピノチェト政権ができるまでは、南米の中でも、最も民主主義がよく機能し、軍事クーデターの少ない、国民の意識としては「南米と言うより、欧州や北米に近い成熟した民主主義国家」というイメージしか持っていなかったのだと著者は言う。ピノチェトになって、急に、驚くべき凄惨な弾圧、反対派の虐殺が起きたのだ。だから、米国でも、日本でも「長く民主主義が定着しているし、ひどい弾圧をするような独裁政権などできるはずもない」と思っていても、安心できないよ、ということを、言っている。

 日本も、沖縄の辺野古の反対派弾圧など、局所的にはかなりひどいことが起きているが、このまま放置すると、どうなるだろうか。

 あるいは、大きな政府寄りに政権交代が一回起きて、その後、もう一度、新自由主義×極右の、自民党側に政権が振れたら、どういうことが起きるかわかったもんじゃあないなあ、と思うわけである。

 筆者は、財政赤字には批判的なので、MMT支持の僕とはその点で大きく意見が違うのだけれど、山本太郎MMT大きな政府志向の掲げる政策が、「アジェンデ・スカルノ」と重なる部分が大きいので、その後に「ピノチェト・スハルト」的政権が生まれる危険と言うのを、歴史から学ぶ必要があるなあ、と思った次第。このあたり、僕の話ではわかりにくいと思うので、是非ともこの本、読んでみてください。

 一般には「フィンランド化」という、批判的言葉で語られがちなフィンランドの対ソ連の態度。 付き合いづらい強圧的軍事大国ソ連のすぐ隣に位置したフィンランドが、ソ連とどうつきあったか、という分析についても、筆者自身の若い時の「よく知りもしないで、フィンランドの人に、なぜそんな日和見な政策を取るのか」と批判してしまった苦い体験を反省し、フィンランド人の、危機に対する粘り強い、かつ戦略的な対応を詳細に分析する。

 日本に重ね合わせれば、アメリカとの関係、これからの中国との関係、軍事的な大国に囲まれた日本のあり方を考えるヒントになると思う。

 もちん、日本の未来を考える上で、という狭い視点だけではなく、最後の方では、今の世界の危機について、整理分析、進むべき道を語ってくれています。

 このあたりを呼んで思ったこと。この前、noteに、二院制の起源というようなことを書いた。政治というのは、個別具体的な課題の当事者と同じ高さに立って、いちばん困っている人の代表として行動するというありかたと、大きな歴史認識や世界認識に基づいて、国の進む道を考え。それに基づいて個別テーマ・課題について判断するという、大きく異なるふたつのベクトルがありえる。二院制とは、本来は衆議院的な議会は前者のベクトルを、参議院とか元老院とか上院というのは後者のベクトルを担うというも明確な機能差が生じるように、選び方含め制度設計すべき。
 という論に沿って言えば、後者の元老院的政治をする人は、この筆者のような歴史認識、世界認識を持ち、かつ、世界の抱える課題についての、この筆者くらい詳細な事実認識を持たねばならないのだよなあ、というようなことを考えてしまいました。

 筆者のすごいところは、この自著について「自分が住んだことがあったり、深くかかわった、その意味で恣意的な6カ国の、恣意的に選んだ7つの危機」についての分析、とりあえず問題意識を叙述的に提示したのがこの本であり、ここで提示した分析のフレームに沿って、より多くの国家の危機を、定量的に解析する学問への発展を構想している点。

 筆者、うちの母親と同い年83歳だと思うのだが、ここまで明晰で、未来に向けて新しい構想をどんどん打ち出していくというのは、まあほんとにすごいもんだ。

 右の人も左の人も、歴史修正主義の人もそうでない人も、緊縮派の人も反緊縮派の人も。原発賛成の人も反対の人も、みんな読んでから議論しましょうよ。と言いたくなる本でした。

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