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2023ラグビーワールドカップ決勝を、あんまり語られないだろう「NZオールブラックスは、誰が,何がどう機能しなかった、抑え込まれたから負けたのか」という視点で、スタッツも見ながら分析考察する。

 さて、気持ちも落ち着いてきたので、決勝戦の感想と言うより、分析を書いていこうと思う。オールブラックスの誰が働かなかったのか、という話である。いや、誰もサボるわけはないのだが、試合を見てもスタッツを見ても、明らかに機能しなかった選手がおり、それは、南アがその選手が機能しないように狙ったということでもある。

 両チームキャプテンの、サム・ケインがレッドカードでコリシがイエローだ済んだこととか、ボラードがキックを全部決めたのに、モウンガとジョーディー・バレットのキックが外れた5点分が、とかの、試合を見ていれば誰でも感じたこと分かることを書くつもりもない。

 いつものように素晴らしく働いた、戦い続けたアーロン・スミス。本当に素晴らしかったジョーディー・バレット。この試合は後年「ピーター・スティフ・デュトイとジョーディーバレットという身長200cmと196cmの万能選手が激突し続けた名勝負」として記憶されるのではないか、というくらい、この二人、インサイドセンターとオープンサイドフランカーなので、これは激突すべくして激突する、心震えるような戦いであった。

 アーロン・スミスとデクラークという、この時代の(南半球の、と形容しないと、デュポンに申し訳ない感じはするが)最高のスクラムハーフが、それぞれのチームを、圧倒的な技量と戦術眼と闘志で鼓舞し続けた名勝負でもあった。

 そんな中、である。機能不全を起こしていた選手が、オールブラックスにはいた。

  話は準決勝、アルゼンチン×オールブラックス戦の終了間際に遡る。44-6と圧倒的リードをしてもなおオールブラックスは攻め続け、79分20秒、敵陣5m左サイドからのラインアウト。モールトライを狙うかと思いきや、モールからすぐに球を出した、交代投入されたスクラムハーフ、クリスティからのロングパスが、中央のジョーディー・バレットへ、そしてダミアン・マッケンジーへのショートパス、タックルされたところを倒れながらの見事なオフロードパスが外に向け斜めに走り込んだモウンガに渡り、モウンガはゴールポスト右から右タッチラインのちょうど中間あたりめがけて、トライをしようと突進。目の前には相手ウイングが待ち構えている、ということはその外側は広大なスペース、そこにウィルジョーダン14番が走り込んできていて、そこにパスをすれば、悠々とトライ間違いなし。事実、モウンガはパスをするモーション、しかし、パスダミーで、自らトライを取ろうと突っ込んでいって、アルゼンチン、ボフェリのタックルを喰い、トライならず。

Jsports解説村上晃一氏の解説をそのまま
「うわー、パスだったな、今のはね」
そして、
「今のはね、ちょっと、モウンガは、ウィル・ジョーダンに4本目させるの、嫌だったんじゃないのか」と冗談を言う。

 この試合、ウィル・ジョーダンは3本のトライを取り、大会全体で8本のトライ。これは、ワールドカップ史上最多タイ記録。もしこの最後のプレーでモウンガがジョーダンにパスをしていたら、ジョーダンは歴代最多大会トライ数の単独トップ記録保持者になれるところであり、それを逃した。

 もちろん、普通に考えれば、そんなことで、例えばモウンガとウィル・ジョーダンの間にわだかまりが、みたいなことが起きるとは考えにくいし、ウィル・ジョーダンがチームの優勝より自分の個人記録を優先してしようなどと考えたということは、普通無いだろうと思う。

 しかし、例えば日本のレメキが試合後のインタビューで「トライを取りたい取りたい」と無邪気に素直に繰り返したように、トライゲッターは本音のところで「とにかくトライを取りたい」気持ちは持っているはずで、チームの勝利と自分のトライは直結すると信じているところはあると思うのである。

 だから、ここですっきり新記録をウィル・ジョーダンが達成して、モウンガも、仲間の新記録を演出していたら、二人ともすっきりといい気分で決勝を迎えたられたのではないかなあ、と思うのである。考え過ぎだと思うだろう。僕もそう思う。しかし、決勝の南アフリカ戦で、明らかにひどいパフォーマンスだったのは、ウィル・ジョーダンである。そして、モウンガは、これは戦術的に南アから「狙い撃ち」をされており、最後のコンバージョンを外し、残り5分、75分でダミアン・マッケンジーと交替になったのだか、決勝も解説した村上晃一氏はその交代の際に
「もうちょっと早く入れればよかったんじゃないですかね」
と語った。私も早くからモウンガをダミアンに代えろと叫びながら観戦していたので、妻に「パパとおんなじこと言っているね」と言われた。

 村上氏も私もそう思いながら見ていたのは、出来が悪かったというより、南アはハイパントを、背が低くフィジカルがやや弱めのモウンガを集中的に狙って蹴っていたからである。そもそもハイパントをジャンプしてキャッチするのを繰り返すのは体力を削られるし、キャッチしたところをタックルを受けることでさらにダメージは蓄積する。強靭な体の両ウイングやボーデンバレットにキャッチさせず、モウンガを狙うのは、明らかに南アの作戦だった。コンバージョンを外したのも、難しい角度だったこともあるが、疲労の蓄積が大きかったこともあると思う。

 今大会、モウンガは10番のエースとして、プレースキッカーとしての責任を背負う立場にあったが、キックの調子は悪かった。そもそもモウンガは、イメージで言うが「上品で柔らかなプレーをする」スタンドオフであり、最大の能力的特質はランナーとして抜け出せば圧倒的に速いということにある。

 バックスのランナーとしての能力には「スペースをきれいに抜けて大きくゲインする能力の速さ」と、「ディフェンスに強く当たって、短い距離から中くらいの距離を何度でもゲインしていく能力」がある。その両方を持つ選手いれば、どちらかに偏った選手もいる。

 選手のパフォーマンスを評価するスタッツでは、前者のきれいにラインをこえていった回数をCB(クリーンブレイク)、後者をDB〈ディフェンスブレイク〉として、分けて数えている。

 ランメーター、ボールを持って走ったm数が多い選手でも、クリーンブレイクで、少ない回数で大きな距離を稼ぐタイプと、ディフェンスブレイク、泥臭く相手にあたりながら、何度も何度もゲインすることでm数を稼ぐ選手がいる。

 稀代の天才と言われたダン・カーターは、その華麗なイメージとは異なり、もともと初出場のワールドカップではセンターだったわけで、ボールを持ってまっすぐ素直に当たっていくプレーも愚直にこなす側面もあった。

 これと較べると、モウンガはクリーンブレイクに特徴があり、オールブラックスの中では体が小さいこともあり(そのかわり恐ろしく足が速いので)クリーンブレイクに特徴がある選手である。(その意味で、同様にクリーンブレイクが持ち味のウィル・ジョーダンとは能力的に被るところがあるから、村上晃一さんは冗談で「4本目を取らせたくなかった(せっかく自分がクリーンブレイクしたのだから自分でトライを取りたかったのでは)」と冗談を言ったのだと思う。

 というわけで、戦術的に狙われたことで疲弊したモウンガ、に対して、決勝で初めからあまりに不調だったのが、ウィル・ジョーダンである。

 オールブラックスのウィングの二人は、能力も使われ方も極めて対照的である。

 ウィングというと「両翼」、ライン際で淡々とチャンスを待っていて、球が最終的にわたる回数は少ないが、渡った時には絶対トライを取る、という「フィニッシャー」のイメージがある。ウィル・ジョーダンはそういう古典的ウィングの色合いの濃い選手である。

 一方のテレアは、全く違う。ポイント(ラックやモール)のすぐ近くに走り込み、9番からも直接パスを受け、敵の密集するポイント近くを、独特のステップでするすると抜けていく。テレアがビッグゲインをしたりトライを取るときは、「ライン際を走る」のではなく、「密集の中をするすると抜け出して、トライを取る方がイメージとして強い。そしてトライにまでも行かない、クリーンブレイクでもない、ディフェンスにぶち当たる、中くらいの距離「ディフェンスブレイク」回数の多い選手である。

 オールブラックスが縦横無尽に走り回った準決勝、アルゼンチン戦の個人スタッツを、モウンガ、ウィル・ジョーダン、テレアで比較してみよう。
球を持って走った距離は モウンガ95m、ジョーダン78m、テレア101mである。クリーンブレイクはモウンガ1回、ジョーダン3回、テレアが2回。では、ディフェンス突破は、モウンガ7回、テレア14回、ジョーダンは3回である。

走った距離はみなすごい距離だが、ジョーダンがクリーンブレイクで一回で長い距離を稼ぐのに対して、テレアがまるでセンターかフランカーやナンバー8のように、ディフェンダーの密集に何度も繰り返し突進して距離を稼ぐことがよく分かる。

 アルゼンチン戦は、この三人かそれぞれ大活躍したわけであるが、では決勝戦ではどうなったか。

 まず、走った距離はテレアは60m、チームトップだが、その後はリーコ58mボーデンバレット50mジョーディーバレット47mサベア44mで、モウンガは30m、ウィルジョーダンはわずか13m。この、13mってフォワード1列目列目に次ぐ低さである。全然走れなかったのである。ジョーダンはクリーンブレイクが0。ディフェンス突破もかろうじて1回。テレアがクリーンブレイク1回ディフェンス突破が9回と奮闘したのと比べて、明らかに不調だったのが分かる。

逆に、である。ハンドリングミス、これは試合を見ていても印象に残ったと思うが、「ボールポロリと落とす」のが、ウィル・ジョーダンは両チーム通じてトップ(ボーデンバレットと並んで)の3回である。

 スタッツと試合をテレビ観戦した印象は一致する。ウィルジョーダンは、よしそこで走ればチャンス、と言うところでポロリとボールを落とした姿しか印象に残っていないのである。

 そもそも普段から、ボールをに触る回数はテレアと較べて少ない。そのかわり、ジョーダンが球を持ったからにはクリーンブレイクして、一度で圧倒的な距離を走ってトライをする。というジョーダンが、この決勝では、球をもらおうとしてはポロリ。結局わずか13mしか走れなかったのである。

 もちろんこれも、敵の対面のウイングの圧倒的守備能力があることは考えなければいけない。コルビが対面にいるのである。コルビはフランス戦でもそこまで大会トライ王だったフランスのダミアンプノーを走行70m、クリーンブレイク2回とはいえ、ノートライに抑え込んだ。(プノーと比べてもウィル・ジョーダンがいかにこの試合不調だったかわかる。)

 モウンガをハイパントで集中攻撃して疲れさせ、ウィルジョーダンには球を渡さない、その前の選手へのディフェンスプレッシャーで難しいパスしか出させない。結果、ウィルジョーダンはフラストレーションがたまり、ボールをぽろぽろこぼして、全然走れない。

 モウンガ10番とウィルジョーダン14番をつなぐ12番ジョーディーバレットには、ピータースティフデュトイが鬼のようにタックルし、13番リーコにはディアレンゼらセンターが襲いかかる。

 ニュージーランドらしい華麗に球が回り、鮮やかなクリーンブレイクからのトライを重ねる、というラグビーをほぼ完ぺきに抑え込み(サベアのラックでのノッコンで取り消さた幻のトライだけがモウンガのクリアブレイク能力が輝いた瞬間だった)、精神的にも肉体的にも激しく削られ続けたモウンガとジョーディーは、最後の決定的キックを二人とも外した。

 モウンガと言うのは上品な天才肌の選手だが、それは肉体的なことだけでなく、精神的なことについてもそういう印象がある。非常に感覚的な言い方になるが、10番時代のボーデンバレットというのは「鋼の精神と肉体」タイプの選手だったと思う。イングランドのオーウェン・ファレルにも、アイルランドのセクストンにもそういうイメージがある。タックルも、短い距離でディフェンスにぶち当たるランも平気で何度でも繰り返し、肉体的にもそれに耐え、どんなプレッシャーを受けてもそれに揺らぐことなくキックを決め続ける。チームの大黒柱の10番には、そういう肉体と精神のどちらもが鋼でできている感じが必要だと思う。9番のアーロンスミスは鋼の男な感じがするが、モウンガは、ちよっと柔(やわ)で繊細な感じかしてしまう。このモウンガが10番で優勝できるのだろうか。だからこそ、やわな弱さが見えた時は、粗さはあっても「鋼」感はあるダミアン・マッケンジーに早めに交代した方が良かったんじゃないか。解説、村上晃一さんも感じていたのこういうことなんじゃないかと思う。

話は日本代表のことに飛ぶ。

 このワールドカップ、大会前から僕のFacebookへの投稿の半分くらいは「なぜ山沢を選ばなかったのか。なぜ松田なのか」と言うジェイミーの人選批判だったわけだが、山沢にはたしかに、ちょっとモウンガのような、天才だけれど、やわな感じがするところがある。フィジカルについても、メンタルについても、本当の超強豪、イングランドやアルゼンチンと戦った時には、そういう弱さが出そうな感じがする。山沢を選ばなかったジェイミーの気持ち、理由も実は分からないではないのだ。

 かといって松田はプレースキックについてだけはボラード並みの「鋼の精神」を今大会発揮したけれど、フィールドプレーではいろいろともろさが出たと思う。

 世界のベスト8、さらにその上を狙うには、9番10番に鋼のメンタルと肉体、何度でもボールを持ってぶつかりに行き、どこにでも顔を出してタックルしまくり、それでいてプレースキックも決めまくる、そういう選手が「9番10番」に必要なんだよなあ。デクラークのような。アーロンスミスのような。セクストンのような。ファレルのような。無いものねだりだよなあ。

 9番斎藤には、この後のチャレンジ(スーパーラグビーに挑戦するとか)によっては、そういう選手になりそうな気がする。でもなあ、10番はどうなのだろう。山沢も松田も、一長一短はある。ありすぎる。次のワールドカップまでにそういう人材が出てくるのだろうか。

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