原 正樹
女子70キロ級新井千鶴選手、長所と欠点のはっきりした、しかし、人柄性格柔道の個性が実に一貫して分かりやすい魅力的な選手なのだ。昨夜はその「新井千鶴100%」を表現しきった、見事な金メダルであった。
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女子70キロ級新井千鶴選手、長所と欠点のはっきりした、しかし、人柄性格柔道の個性が実に一貫して分かりやすい魅力的な選手なのだ。昨夜はその「新井千鶴100%」を表現しきった、見事な金メダルであった。

原 正樹

 昨夜金メダルを取った女子70キロ級新井千鶴選手、ずっと見てきたが、とにかく、語らずにはいられない、長所と欠点のはっきりした、しかし、人柄性格柔道の個性が実に一貫して分かりやすい魅力的な選手なのだ。昨夜はその「新井千鶴100%」を表現しきった、見事な金メダルであった。

 体格、体力に恵まれ、運動神経も良い、という身体条件+、まっすぐで、よく言えばなんというか竹を割ったようなというか、性格なのだが、所属、五輪二連覇の上野雅恵監督が「頑固」と評する、この性格と頭の中身というのが、ここまでの新井の苦闘のもとになってきた。

 この前書いた高藤については「長所でもあり欠点でもあった天才的技の切れとそれと裏腹のもろさを克服したドラマ」だったのだが、新井の場合はちょいと違う。「その長所短所のまま、自分を貫いての優勝」というドラマだったのである。

 指導者が選手を評して「頑固」と言う言葉を使うときは、つまり、その選手は「いうことを聞かない」ということである。アドバイスをしても「あ、はい、わかりました」と言いつつ、直そうとしない。これが、初めはバカなのかと思って、何度も繰り返し同じ指導をしても「あ、はい、わかりました」と言って、口だけ素直だが、直さない。つまり、本人の中に信念とか美意識とか、そういうものがあって、それに合わないアドバイスは、受け付けないのである。

 新井選手は前回リオ大会の代表に選ばれていない。「2016年2月のグランプリ・デュッセルドルフでは準決勝で地元ドイツのラウラ・ヴァルガス=コッホを縦四方固で破るが、決勝ではオーストリアのグラフに強引な大内刈を裏投げで切り返されて今大会2連覇はならなかった。試合後には、「課題として取り組んできたこと(不十分でも積極的に仕掛ける)を出せたところもある。最後は甘かった」と語った。4月の選抜体重別では決勝でオリンピックの代表争いを繰り広げていた田知本に内股返の有効で敗れて2位に終わり、リオデジャネイロオリンピック代表には選出されなかった」(Wikipediaから)

 つまり、欠点は「技出しが遅く、反則ポイントで先行されて負ける→不完全な組手から焦って終盤に技を出し、返されて負ける」というのが、新井の負けパターンなのである。上記ふたつの負けは、いずれも返し技、無理に終盤技を出して、返されての負けである。

 技出しが遅くなるのは「二本もって投げる」を理想とするあまり、相手が組手にこだわって二本持たせてもらえないうちに時間がたってしまうせいである。

 大野将平のように「二本もって、美しく正しい技で投げる」という理想へのこだわりが、おそらく、新井はとても強いのである。

 実は、日本の柔道をやる人にも、指導者にもこの「二本もって正しい技で投げる」を理想に掲げる人はとても多い。日本国内で戦えば、その理想をもった同士での試合になるから、「二本もった状態からの美しい正しい技としてどちらが強いか」勝負になる場合が、まあ、半分くらいはある。世界では、「それは理想だが、負けたら何にもならない」という現実主義の方が優勢である。「理想主義対現実主義」の比率が、国内の大会だと「6:4」くらいなのが、国際大会だと「1:9」になる、という感じだろうか。

 世界との戦いの中でもその理想を貫こうとすると、卓越した組手の技術戦術、将棋やチェスのような計算された駆け引き手順を編み出して、技の出せる組手までもっていかなければならない。初めにここを持つと、相手が、ここを持ってくる。のを利用してこう、いなすとこう反応する、その瞬間にここをこう掴む、その瞬間に技を出す、みたいなことである。しかも工夫してそういう「新手順」を創り出しても、何度か使うと、相手も対策を立ててしまうのである。

 新井選手なりに、「組み手を早くし、技出しを早くする」という対策は立ててきた。しかし、それは「やや不完全な組手での技」になるので、当然、技の決まり方、最後のところの極めというのが甘くなる。相手がなんとか逃れて体をひねったりできてしまうのである。

 そうすると、一流選手たちは「不完全な組手から出した技を、最後、どうやって決めるかを工夫して、ポイントなしを技ありに、技ありを一本にするような最後のキメの工夫」ということをするのである。「完璧にきれいな技」というのが困難な実戦で、試合に勝つための工夫を、みな、一生懸命しているのである。

 新井選手の「早い技出し」は、やはり心の中での「二本もって美しい技を」の理想からみると、一種の妥協である。それをさらに「不完全な技を、最後の工夫でポイントにする」というのも、勝つためには必要なことではあるが、新井選手からすると、ちょっと小細工のように思えるのではないか。そういうことをする、練習する、工夫するということに、「はい、わかりました」と言いつつも、どこか心が入らないところがあるのではないか。新井選手は゜不完全な組手で入った技を、決めでポイントにするのがトップ選手の中ではうまくない。という特徴がある。「それこそが勝負を分けるから、そこに徹底的にこだわり工夫をする」というよりは、やはり「二本をもってきれいな正しい技を出す」ほうにこだわりたい。そう考えていそうなのである。想像だが、柔道の中身から、そう思える。

 
 いい組手になれたときには、素晴らしい技がでる。しかし、組手が不完全だと技出しが遅くなる。相手に先に技を出されてしまう。不完全な組手からの不完全な技を、最後のキメでポイントにするのが苦手。そして、不完全な組手で無理に大きな技を出して、返し技を食ってしまう。これが、新井千鶴の柔道の特徴なのである。

 さあ、昨日の準決勝、決勝を思い出してみよう。この新井千鶴の特徴、丸出し、そのまんまの柔道であったではないか。

 柔道五輪史に残る死闘となったロシアのタイマゾワとの試合。このタイマゾワという選手、二回戦でシードのブラジル、ポルテラを15分に及ぶ試合で下し、三回戦ではギリシャのテルシゾを、目の覚めるような背負い投げ(山嵐グリップの片襟片袖)で一本勝ち、ものすごく柔道が上手い上に体力がある上に精神力が強い。戦うことが楽しい、どんなに苦しくても楽しそうに柔道をする。いや、本当に素晴らしい柔道家なのだ。この「体力がある」「背負いがすごくうまい」「寝技がうまい強い」「ナチュラルに戦いを楽しむ、格闘技向けのメンタル」という特徴が、あの名勝負を創り出した要素である。ツイッターで素人みなさんが「体がやわらかいから決まらない」みたいことを書いていたが、それは一要素ではあるが、主原因ではない。

 まず、背負いの柔道を得意とする、片袖でも片襟でも持てれば背負いが出せる、という柔道をするということは、新井の欠点「組み手が遅い、技出しが遅い」の正反対である。新井の欠点が丸出しになる相手だったのである。

 しかも、ふつう、不完全な組手で背負いを出すと「かけ逃げ、偽装攻撃」の指導がすぐに来てしまうのだが、三回戦の見事な背負いがあり、入り方が上手なために、潰されても決まらなくても、「かけ逃げ」は取りづらい、ちゃんとした背負いに見えるのである。あの試合が長くなったのは、タイマゾワの背負いがかけ逃げではない、というのが大きなポイントのだな。

 だから、「タルマゾワの背負い」→「つぶれたところを新井が寝技」→「決まらないから待て」だと、新井の寝技も強烈なので、そこでは新井が攻めているように見えるから、どちらにも指導が出しにくい、むしろ立ち技だけを見れば、新井に技がないので新井に対して指導を出すのがルール。しかし、それもなんとなく出しにくい。という展開になったわけだ。

 それにしても、途中、新井がタルマゾワの肘ではなく、肩を強烈に決めて、あまりに痛そう、怪我をしそうなので、主審が勝手に一本を宣告。しかしタイマゾワは参ったをしていないので、ビデオ判定。待ったをしていないことが確認され、試合続行のシーン。あれは、もう、「グレイシー柔術、腕が折れても参ったはしない」くらいの、格闘技的名シーンで、しかも、けろっとした顔で再開して戦い始めたタイマゾワ。素晴らしい。

 ちょっと脱線して、柔道の関節技について。ここは実はルールと技術に微妙な齟齬があって、それが、上述の「肩関節が強く決まったことをどう考えて安全確保するか」問題が残っていると思う。

 柔道の関節技は「肘関節を、寝技の中で」逆に極める事のみが許されている。肩や膝はダめだし、立ち技で決めて投げるのもダメ。しかし、もともとの柔術と未分化状態の柔道には、いろんな関節技術があったのだよね。

 今、「腕絡み」という名称で、正式な技と認められている技術(何タイプかあるりだが)。木村ロックと言われるタイプの腕絡み。やってみれば分かるけれど、相手の腕を90度の角度に固定して、相手の背中側にどんどん捻っていく技術。肘の角度は90度に固定されているから、肘は別に痛くない、痛いのは、決まっているのは肩関節。なら反則なんじゃないの、と思うが、これがなぜかOKなわけ。「肩か、肘か」ではなく、この技術はOK、NGというのを、どういう基準で認めるのかは、もうすこし議論があっても良いと思う。あ、もちろん僕は腕絡み、僕も得意技だし、今日試合をする寝技の達人濱田尚里の得意技でもあるし、腕がらみOK派だけれど。

 と、話はずれたが、この準決勝、最後は締め落として勝ったが、立ち技の技数ではタイマゾワが圧倒していたし、つまり新井の、組手が遅く立ち技の技出しが遅いという欠点は、解決されないまま、決勝に勝ち上がることになったのである。

 さらに脱線すると、タイマゾワが三位決定戦でクロアチアのマティッチの内股を返す横落としで勝ったのは、本当に素晴らしかった。眼の上はひどく腫れていたけれど、「柔道、楽しかったー」という顔で引き上げて行った、もう本当に素晴らしい。大ファンになりました。今後もずっと注目していくぞ。

 さて、新井の決勝戦、オーストリアのポレレスとの試合。「タイマゾワと較べると、組ませてくれる」「技も自分が先に出せる」というのが、すぐわかる。新井は「よし」と思ったに違いなく、私は「やばい」と思った。試合開始50秒で出た小外掛け。いつものようにキメが甘い。尻もちだけ。ポイントなし。かと思って寝技から立ち上がったら、ポイントが入った。審判の判断だが、甘くてラッキー。ゴールデンスコアになった後なら取るかもしれないが、試合序盤のあの決まり具合では普通取らない。ルール的には肩の側面がつかないと技ありにもならないのが正しい。尻もちだけで肩をついていないのでポイントなしが正しい。ここでも新井選手の欠点「キメが甘い」は克服されていないのだが、幸運にも技ありポイントがもらえた。

 ここから、ポレレスは、組手でも、投げる力でも、ポイントでも劣勢なことから、「もう返し技しかない」と思いきる。組手の中で、こっそり新井の背中をつかむ作戦に切り替える。
 新井が「私の方が強い。微妙な小外のポイントではなく、二本取って、美しい、正しい、豪快な技で、払い腰か大外か内股か、そういう技で決める」と思っている、気負っていることが、ポレレスには手に取るようにわかったと思う。

 試合の残り40秒、がっちり組んだつもりの新井の背中、ゼッケンのあたりをポレレスがこっそりと抱きかかえる。「やばーい、一回、切れ、指導とられてもいいから、一回離れろー」とテレビの前で私、絶叫。

 しかし、新井は投げる気まんまん、足技をちょんちょんと出してリズムを取った後(これも相手に、よし、大技がくるぞと予告しているようなもの)、カラダを反転し、腰高のまま、体落としだが払い腰だかわからない技に入る。「返してくださーい」と言っているような技。「いかーん」と私、絶叫。

 ポレレス、最後の、千載一遇のチャンスとばかり、背後から新井を抱え込み、裏投げ気味に返そうとする。が、新井、必死で腹ばいになってこらえる。セーフ。

 この後20数秒は、なんとかさすがに慎重に時間を潰し、試合終了。はーー。

 新井千鶴が、その「頑固」なこだわりそのままに、個性を、欠点もそのまま丸出しにしながら、それでも金メダルを取ったこと。これはこれで、ハラハラしたけれど、とても、良かったと思います。

 テレビでスタジオの吉田秀彦さんも松本薫さんも、優勝の感想を、やや嬉しそうに、しかしやや苦笑気味に「新井選手らしい柔道を貫いての優勝」と言葉を揃えたのは、おそらく柔道関係者一同、上に書いたような「あれだけ直せっって言ったのに、結局、そのまんま、金メダル取ったなあ、それはそれで立派、すごいよ」っていう気持ちがあったんだと思う。

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原 正樹
引退間近のマーケティング屋。読書と思索とギター弾きと世界のスポーツ観戦だけのリタイア生活に移行計画中。 2019年は、ちゃんとものを書いていきます。の、つもり。