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杉田俊介氏の評論 〈映画『ドライブ・マイ・カー』と小説『女のいない男たち』の意外な相違点〜村上春樹作品と「非モテ性」〉、僕がずっと考え続けている村上春樹の小説の中の暴力性について、きわめて説得力のある、興味深い論を展開している。

杉田俊介氏 映画『ドライブ・マイ・カー』と小説『女のいない男たち』の意外な相違点〜村上春樹作品と「非モテ性」
2022.03.27 gendai.ismedia.jp
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 映画論としてではなく、村上春樹論として秀逸。あの映画が、村上春樹の小説とはかけ離れたものであるのはどういうことかについて、今まで読んだ中でいちばん納得できる。だけではない。僕がずっと考え続けている村上春樹の小説の中の暴力性について、きわめて説得力のある、興味深い論を展開している。


 まずは、映画と小説の違いについて、単に「映画版は春樹の小説の中のダメな部分を適切に処理し、多様性を尊重するグローバルな価値観に対応しうる作品へと高めた」という、世間に流布している説ほど単純な話ではないぞ、と述べ、では、ということで、その違いについて、ある重要なセリフについての、映画と小説の違いに注目して分析していく。
引用しますね。

〈映画のラスト近くの「僕は正しく傷つくべきだった」という家福の「本心」が語られるシーンのもとになるのは、短編「木野」である。中年男性の木野は、長らくスポーツ用品店に勤めていたが、ある時、会社でいちばん親しくしていた男性の同僚が妻と寝ていた、という場面に出くわす。〉


  ということで、前にも書いたが、映画「ドライブ・マイ・カー」は、同名小説が収録されている短編集『女のいない男たち』の他の短編から、様々な設定やテーマを集めて脚本として再構成されているのだが、妻の浮気シーンを目撃してしまうのは、この他の短編小説「木野」から取られている。


そして、映画、ラストの最も重要なセリフ、と「木野」の中の対応部分を比較する。まず小説からの引用

〈「おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかったんだ、と木野は認めた。」〉

(僕のおせっかいながら、註。 映画は「僕は正しく傷つくべきだった」なわけだな。この「正しく」を濱口監督が付け加えたことの違いを浜田氏は分析する。)

〈微妙なニュアンスの違いではある。しかし「おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかったんだ」という言葉に、映画版では「正しく」という規範的な言葉が付け加えられたとき、原作小説とは異なり、映画『ドライブ・マイ・カー』には、男性たちは「正しい」生き方をしなければならない、というような処罰的なニュアンスがどうしても付きまとう。〉
〈しかし村上春樹が『女のいない男たち』で描いているのは、そのような規範的な正しさ/間違いの次元ではなかった。端的にいえば、男性たちが抱える内なるミソジニー(女性恐怖)の問題であり、そうした恐怖をいかに乗り超えうるか、という問題である。濱口竜介監督の「リベラル」な感覚によって創り直された『ドライブ・マイ・カー』よりも禍々しいもの、危ういもの、邪悪なものが『女のいない男たち』の中にはある。原作のそうした禍々しさに注目したい。〉


と杉田氏は書くわけだ。この点をさらに分析論考を進め、村上春樹の小説の中における暴力性と女性の関係について、きわめて興味深い見解を書いている。

〈『女のいない男たち』の男たちは、爆発寸前の殺伐とした暴力性を抱え込んでいるにもかかわらず、自分の苦悩の原因を作った妻を殺したり、殴ったりすることがない、ということだ。あるいは罵倒したり、なじったりもしない。彼らの暴力は、目の前の「女」自身とは異なる誰か(男)に向けられたり、自爆的でタナトス的な衝動になったりする。奇妙なほどに、「女」をめぐる「真理」との対峙が避けて通られるのである。〉


 僕は今まで、村上春樹の小説主人公の暴力性が、架空世界において、政治的権力と女性への性暴力の合わさった「絶対的悪」に対して振るわれる構造について、繰り返し論じてきた。

 しかし杉田氏は、その暴力性を誘発するのは女性というか、女性への主人公が抱く憎悪や恐怖だと書く。そして、主人公の暴力は。その原因となった女性自身ではなく、異なる誰か(男性)に向けられるのだ、と分析する。言われてみると、ちょっと納得するな。


 ここから杉田氏は

〈その点、村上作品の中にも根深くある女性恐怖とインセル的な性癖をよく理解していたのは、村上春樹の短編「納屋を焼く」(初出「新潮」1983年1月号)をもとにして長編映画『バーニング 劇場版』(2018年)を撮ったイ・チャンドンではなかったか。〉


 と、前に僕も分析noteを書いた映画「バーニング」論にまで展開する。全部引用しちゃいそうなので、この辺でやめておきますが、興味ある人はリンクから、元記事を読んでみてね。村上春樹の小説と、その映画化作品に興味のある人は、読んでみて損はない。面白い評論でした。

あと、僕の書いた、村上春樹関連noteは以下いろいろ。もしよろしかったら、どうぞ。


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