1/9 昨夜の玉置浩二ショーの感想。老いと死に向けての、新しい境地。玉置さんも、そういう人生の段階に入ったことが、どの演奏、歌唱からも伝わってきて、感動もしたが、動揺もした。お願いだから、長生きしてください。

⓪冒頭、「俺はどこか狂っているのかもしれない」から「No Problem」から「闇をロマンスにして」の流れ。何より、今までの玉置浩二ショーでもずっと一緒だった、安全地帯のベースの六土さん、ギターの矢萩さんがいない。この二人、水戸黄門に対する格さん助さんのような存在なのに。いるだけで安心できるのに。トオミヨウさんが音楽全体を束ねて任せているのだろう、若いミュージシャンの皆さん、ベースもギターもコーラスも、演奏的には完璧で、最高なのだけれど、しかし、格さん助さんがいない玉置さんは、たたずまいとして、どこか孤独に見える。

①秦基博さんとのコラボについて。玉置さんの歌い方は、スキマスイッチや絢香との共演のときのような、人を驚かすような凄さは見せず、井上陽水さんのバックをするときのような、控えめなハモリを入れる、ソロで歌うときも声を張らずに静かに歌う。それにこたえる秦くんも、静かに歌う。玉置さんに対抗しようと大きな声を出そうなどとは、全然しない。巨大な排気量の、本気を出すと300km軽く出ちゃうスーパーカー新旧二台が、お互いの実力が分かった上で、時速40kmで静かに走っているようなコラボでした。ヘッドフォンで注意深く聞けば、画面の二人の表情を見れば、秦くんは玉置さんの前で歌うことに初め緊張しつつ、CD音源以上の、本気の、完璧な歌声を出しているし、玉置さんは「ひまわりの約束」サビをハモるとき、マイクから大きく離れて、マイクにはごく控えめな音量で乗るように細心の注意を払っていること。そういう、聴けば聞くほど味わい深い競演でした。年老いたライオンが、若いライオンに、「おお、お前は強いなあ。群れを率いる役目はお前に任せた。お前の思うようにすればいいぞ。立派なリーダーだ」と言って、静かに群れを離れようとしているような、そんな印象を受けました。しかしふたりとも、サビではなく、歌いだしの、音程は低い部分、声量は小さい部分の、響きの美しさと安定感。そこからもう、気持ちが深く乗っている。歌がうまいというのは、その部分でわかる。そこがすべてと言ってもいい。今の朝ドラ主題歌、秦くんの歌いだしの第一声を毎朝聴くたびに、涙が出そうになるもんな。

②小林武史さんと青葉市子さんとの、対談&セッション。いやー、小林武史さんとは、昔の神宮で陽水さんバックバンドに小林武史が参加したころ以来だという。一歳しか違わないんだ。たしか、salyuと玉置さんがコラボしたとき、心配でついてこなかったっけ。あれは別番組、coversか。そして青葉市子さん。初めてテレビで観たけれど、歌もすごいが、ギターもすごいな。そして、玉置さんの印象を「クリーチャーみたい」って、面白い。エンタウンハンドの「スワロウテイルバタフライ~あいのうた」と、玉置さんが北野武歌詞に曲をつけた「嘲笑」をセッションしたが、どちらも、素晴らしかった。三人がコラボするのを、ただ聴いている青田典子さんの堂々たる一人聴き手のたたずまい。なかなかすごかった。うちの妻は、小林武史さんの、プロデュースする女性歌手全員とお付き合いしてしまう性癖を非常に気にしていて、小林武史さんが、「いや、この青葉市子さんとは、違うから」と、玉置さんと青田典子さんに、一生懸命視線や仕草で主張していた、と感想を述べていた。たしかに、玉置さんと小林武史さん、そういう意味では双璧とも言えるなあ。僕は、そっち方向には、全然、頭が行かなかったけれど。うちの奥さん、変なこと考えるよなあ。一青窈とsalyuとの不思議な三角関係とか、いろいろ吹き込んじゃったせいかしら。

③KEIKO LEEさんと、「Imagine」を。一人で「Hong kong」を。この二曲を歌ったのは、直接的には言わなかったけれど、今の、世界と、香港に対する思いを込めた歌でした。そういうことを、歌を通して、伝えようとするのも、玉置さんの素晴らしいところ。他の部分と合わせて考えてしまえば、クリントイーストウッドの「グラントリノ」の主人公のような、覚悟すら感じてしまう。若い人が、政治的なことに立ち向かっているときに、老いた自分が、後ろで、自分には歌の力で応援することしかできないけれど、そういう思いで、歌っているよと。イマジンのハモリは、すごかった。

④最新セルフカバーアルバムから、昔、研ナオコさんに書いた「ホームレス」と、高橋真梨子さんに書いた「忘れない」。今の時代。と言うか、コロナで人が死に、路頭に迷う人がいてというこの今の世の中に向けての思いと。と思ったら、最後の曲の前のトークで、思いもかけない事実を。「ホームレス」の歌詞・字幕で繰り返される「逝く」という文字が、どうしても心に重く響く。

⑤ 今月三日にWOWOWでオンエアされた、能楽堂での無観客の演奏公演。収録は昨年暮れだったのだと思うけれど。そのリハーサルが終わり、明日本番と言うときに、お父様がなくなられたこと。そして、その思いを込めて「家族」を最後に歌った。WOWOWの能楽堂演奏を先日観た時も、もう半ばから、そんな事情があったとは知らなかったのに、涙が止まらずずっと涙と鼻水を拭きながら視聴していたのだが。そうだったのか。

全体に、歌い方が、一年前とは、大きく変わった。心臓病の手術をしたせいかと思っていたけれど、それだけではない。声を張るときの響きは、たしかに痩せた。もちろん常人とは比較にならないほど豊かな響きなのだが、それでも、そこは弱くなった、その代わりに、静かに語りかけるように歌うときの、声の出し方が、より一層、繊細になった。今の気持ち、今、歌を歌って届けたい気持ちの中身は、大きな声を出さずに伝えたいことなのだと思う。

玉置浩二ショーは、毎回、ものすごく、これ以上できないくらい大きな期待をもって聴くのだけれど、毎回、その期待を超える内容なのが、すごい。今回も、期待を何十倍も超える濃く深い内容でした。

今回、初めて、安全地帯のメンバーが誰もバックにいなくて、そういう意味でも、老いの境地というか、どういうふうに死に近づいていくかの覚悟みたいなものが、画面から伝わってきました。コロナ、香港の情勢、ご両親とも亡くなられてという出来事。本当に、「死」にどう向き合っていくのかが、歌から伝わってくるというのは、玉置浩二ショーとしては、初めてのことで、感動もしたけれど、動揺もした。そんな番組でした。

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