0916『あの日、僕はきみのくびをしめてころした』序章

 急にバチっと目覚めたような感覚だった。
気づいたらそこは、なんというか、全体的に白い。白い壁、白い床、白い天井。
なんだか病院みたいだな。
目の前に白衣を着た男がいる。その男が話しかけてくる。
「あなたは今、何も思い出せないかもしれない。でも、私達はあなたの記憶を取り戻す手伝いをさせていただきます」
医者…いや、カウンセラーか、白衣というよりは、看護師が着ているあれに近い。たぶんカウンセリングの雰囲気だ。

そうだ、記憶。
いわれてみればさっき目覚めたような感覚から、それ以前の記憶がない。
それに、なんなんだ、この自分ではない感覚は。
僕…俺?混乱する。まるで他人の中に入って視界から覗き見ているようだ。
聞いた事がある、これは離人感というやつか。自分の体ではない感じがする。違和感。ただ不快な感じはない。

部屋をよく見るとそこそこの人数の人がいた。
同じような服を着た女性は簡素なデスクに座っている。髭が濃くて割腹の良い男は、なんだかソワソワしたような、イライラしてそうに歩き回っている。あとは警備員…か?黒っぽい服を着た男性二人が入り口付近に立っている。

髭の濃い男が怒っているような口調で言う。
「彼の記憶がないというのはどうでもよい。私達は私達の仕事をします。
その際にはエクスポージャー療法なども使わせてもらいますよ。ああ、それはあなたが選ぶのではない。私達が適切な方法と判断し、そのやり方を実行しますから」
要約するとこんな感じの事を言っているが、医学用語みたいな単語を並べ立ているから、さっぱり頭に入ってこない。どうやらこの男は僕に選択権はないぞということを言いたいらしい。
なんだか高圧的で嫌な感じだ。もしここがカウンセリングの場だとしたら、この男にはカウンセラーとして話しはしたくないと思った。

デスクに座っている女性が話しかけてきた。
「大丈夫ですよ。あなたはきっと今、混乱しているでしょう。仕方ないんですよ、大切な女性だったんですよね。絞殺したのだとしても、あなたが記憶を無くすということはとても悲しくてショックを受ける事だったのだろうと察します」

ビリっと走るようにビジョンが蘇る。
広いベッドの上。見知らぬ子供。僕はその子を大事そうに後ろから抱きしめている。
隣には長い黒髪の女性が寝ている。
子供が離れる。僕はその女性の上半身を起こし、後ろに回る。
「ん…」
まだ寝ぼけた感じで、目覚めていない様子だ。
僕は、彼女の首に腕を回し、首を絞めている。
「ママが、しんじゃうよ…」
子供は怯えている。
僕はただひたすら、彼女の首を絞め続けている。
無限のように感じる時間だった。
彼女はもうぐったりした状態だが、僕はまだ体勢を変えず、首を絞め続けている。
ここで記憶が止まった。

そうか、僕は、誰かを殺してしまったようだ。
その人が僕にとってどんな人だったのかは分からない。
ただ、その状況からして、とても親密な関係だったのだろう。
同時に遅いくる胸の苦しみ。痛み。悲しみ。
僕は思わず身を屈め悶えた。

そうだ。おそらく僕は、思い出せない大切な誰かを、殺した。

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