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詩のようなもの

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記事一覧

【断章】美醜について

私は あなたという存在の根源から放たれる美しさ を知っている 私は あなたという存在の深淵に蠢く醜さ を知っている かつて 私は あなたの教室の12列目で あなたが声を発する瞬間を待っていた 一分の隙もなく鎧われた あなたの言葉の尖りが 私には心地よかった 私はあなたの美しさに魅せられた いつからだろう あなたの内に 小さな洞(うろ)を見かけるようになったのは その洞は 私の内に巣食うそれと とてもよく似ていた 私はそれをも好もしく迎え入れた そして あの日 あなたのハ

【断章】因果関係の創造

(1)サラダにかけるドレッシングを作ろうとしたら、ハーブソルトが切れていて、食卓塩を使った。サラダはいつもより塩っぱかった。 (2)マスクを家に忘れて、そのまま満員電車に乗ってしまった。その夜、喉が炎症を起こした。風邪をひいたようだ。 (3)地獄坂を後ろ向きで歩いていたら、目の前を黒猫が横切った。帰り道で転んだ。 [問] (1)〜(3)の中から、因果関係が科学的に説明できるものを選びなさい。 もしくは、あなた自身のあらたな因果関係を創造しなさい。 [解答] わたしのし

【断章】  ◯ と私のあたらしい関係

あなたは優しいひとだ 私が犯した罪を知っても 私を責めなかった あなたは冷たいひとだ 私が苦しみ悶えていても 手を差し伸べてくれなかった なにも言わない なにもしてくれない あなた たとえそうであっても あなたを知って あなたのもとに辿り着いたこと そのことが 大粒の花びらの渦となって 私を満たし そこから 私を巡るあらゆる粒子が やわらかな光を纏いながら耀きはじめたのだ あなたは 生まれて間もない子どもみたいに なんでも欲しがって 手に入らないと 嵐のように泣き叫び

【断章】言葉よりも切実な言葉を

詩よりもずっと痛切な詩を 言葉よりももっと切実な言葉を 私は求めつづけていた ペン先が掠れ 見えない文字を刻みつける 紙の音 その紙の窪みに かろうじて掬われる痛み 痛みだけが確かにあって その痛みによって生かされる命があるということを あなたはやがて知るだろう そのときあなたは 一つの幸と一つの不幸を手に入れる その掌(て)に握りしめた一片の音を 死ぬまで離すな 黒鍵と白鍵のあいだにある 誰も鳴らさない音を いつかあなたは奏でる あなたの奏でる音は 波紋のように地

【断章】壊れた世界

この世界が壊れた場所だということを 私はとうに知っていた だから 世界が音を立てて崩れてゆくのを目にしても (ああ、こういうこと、前にもあったな・・・) と どこか懐かしいような気さえしてしまう そう どこか懐かしい 壊れた世界 そもそも世界が壊れていなかったことなんて あっただろうか もうずっとずっと前から 世界は壊れていたんじゃないか ただ それを見てしまう者と 見ようとしない者がいるだけだ だから私は この壊れのただなかに佇もう 壊れた世界に生きる 残された生

【断章】 世界は愛で充たされている

私はこの手に 愛を握りしめて 生まれた いたるところに 愛はころがっていた 窓と窓の透き間に 鳥と風のあいだに 一本の樹と私の出逢いに 星と星のあわいに 愛はころがっていた 何もない空間でさえ 愛が充ちあふれていた 憎しみの渦も 涯のない孤独も 終わりのないたたかいも この世に巣食う ありとあらゆる痛みやくるしみも 私から愛を持ち去ることはできなかった 世界は愛で充たされている だから私は ただ レンズを磨くだけでよかったのだ