Late-night Lo-Fiみたいなビルでラーメンを食べる
ある日、デイリーポータルZの記事が目に留まった。
飯田橋にある「丸亀製麺飯田橋サクラテラス店」を紹介する内容なのだが、筆者がこのサムネイルを見て一番に連想したのはとあるアルバムだった。
Various Artists - The Music of the Now Age III
そのアルバム「The Music of the Now Age III」は、Vaporwaveの名門レーベル・Fortune500からリリースされたコンピレーションで、猫 シ Corp.、骨架的、死夢VANITY、t e l e p a t h テレパシー能力者、death's dynamic shroud.wmvなどシーン初期から現在も活躍する名だたるVaporwaveアーティストが参加しているシリーズの3作目にあたる。
そして、「Late-night Lo-fi(Late-nite Lo-fi)」というVaporwaveのサブジャンルの金字塔としても知られている。
筆者は北関東の片田舎に住んでおり、デイリーポータルZで紹介されたようなビルの夜の姿を恥ずかしながら今まで目にした経験がない。
都心であれば似たような景色はきっと大いに見つかるだろうが、ヒヨコの刷り込み現象のように初めて見た飯田橋の夜景にLate-night Lo-fiを感じてしまったのだ。
であるならば、実際にこの景色を体験し、アルバムに思いを馳せてみたくなるものだ。
飯田橋へ
そういえば筆者は飯田橋に行くこと自体が初めてかもしれなかった。
飯田橋のことは、「人生どうでも飯田橋」というミームでしか知らない。
そんな場所にAESTHETICを感じるものを探しに行くという自分の無謀さ。
改めて説明すると、Late-night Lo-fi(Late-nite Lo-fi)は、音楽とVaporwaveでは特に両者の繋がりの深いビジュアルイメージを総合するジャンルである。
音楽的な特徴としては上記の通りで、夜景やバーから連想される享楽的・自己陶酔的な感覚があるという点がジャンルを象徴している。Vaporwaveの「消費社会へのアイロニーな視線」とは異なるコンセプトを持っている。
アートワークに使用されるビジュアルイメージも、このようにVaporwaveらしい唐突感とレトロスペクティブさがありつつも、どこかゴージャスである。
かすんだビルの夜景・高級車・黒の色づかいなどが共通するモチーフとして見られる。
そんなことを考えていると飯田橋駅へ到着した。
間違ってJRの西口ではなく東口から改札を出てしまったので、駅前の施設を回り込むようにして移動する。
あっ!
こうして並べてみるとおぼろげに「実写化」の文字が浮かんでくるようである。
いや、そこまでは似てない(手前にある横に長いビルがないし、画角も違う)のだが、なんとなく「実写化」の雰囲気を感じる。
満月ではないが、月を入れて撮影してみた(写真は位置を合わせるために反転している)。
まったくそうではないのに聖地巡礼をしている時と同じような興奮をしている。
この明かりの一つ一つの先に人がいるという途方もないほどの人間の営みの素晴らしさにあてられたのかもしれない。
中に入ってみよう
せっかくなら「The Music of the Now Age III」を聴きながら1人でラグジュアリーな雰囲気に酔いたいところだ。
幸いにも、食事には困らなそうな様々な店舗が入っている。
(あと、成城石井ってこんなところにも入っているんだと思った。さすがラグジュアリー。)
しかし……
……サラリーマンたちが繰り広げる東京のラグジュアリーは、小春日和でTシャツを着てきてしまった筆者にはかなり眩しかった。
ワイングラス、ナイフにフォーク、薄暗い店内、「ご歓談」といった感じのオーラがすごく、とても店に入れない。
その時、ラーメン屋を見つけた。
気軽に入れる価格帯であったため、入店する。
俯いてラーメンをすするという行為はゴージャスな自己陶酔からもはや対極にあるような気がするが、グルメ漫画のように食事を楽しめば、それは究極の自己陶酔といえるのではないだろうか。
店内には何がしかの有線放送がかかっていたが、音が小さく、また人々のざわめきでうっすら気配を感じさせるレベルであった。
Z軸がずれてしまったLate-night Lo-fiだ。
ラーメンが届く。
細かくカットされた生野菜が乗っていて、熱いスープの中でもシャキシャキとした食感が残っているのが面白い。
筆者が「The Music of the Now Age III」で一番好きな曲は、회사AUTOによる「stardust [in the end, we all die]」だ。
アルバムの最後から2番目に入っているこの曲は、「生きる楽しさ」の刹那性を最も裏打ちする存在は死であることを意識させる。
繰り返されるスクリューされた歌声は、いつの間にかピアノの美しい旋律に絡めとられ途絶える。
世界の終わりに降り注ぐ流れ星のようにリバーブが尾を引き、最後にはみんな死ぬ。
だから今を享楽的に楽しむ。……と言い切るのが難しいくらい、この曲に表現された滅びの美しさには心が奪われる。
そしてVECTOR GRAPHICSの「END」へと続いていく構成。
……そんなことを考えながら食べたラーメンは、味がよくわからなかった。
まるで蒸気に包まれたような心地でビルを後にすると、2月とは思えない暖かな強風が吹き付ける。
Fortune500は、このアルバムをリリースした際に「The final farewell. 」と告げ、レーベルの活動を2022年まで休止していた。
「The Music of the Now Age」シリーズがサプライズで帰ってくるまでの7年の間に筆者はこのアルバムに出会い、こうしてまったく関係のない夜景に重ねてしまうほどには心を奪われている。
いつか本物のラグジュアリーを経験できるまで、この黒と金のコントラストを忘れずにいたいものだ。
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