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ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い3バースの謎

1946年10月25日。
イギリス・ケンブリッジ大学のキングスカレッジ、ギブス棟H階段3号室で、哲学者ウィトゲンシュタインと、同じく哲学者のポパーが「哲学の諸問題はあるか」というテーマを巡って争った。

その時、ウィトゲンシュタインが「ポパーを火かき棒で脅した」あるいは「火かき棒で殴りあった」という話が、今なお哲学者の珍エピソードとして語られている。ただこの話は目撃者によって細部がまちまちであり、その幅広さから混乱を招いていた。

ところが最近明らかになった事実は、そのエピソードを遥かに上回る奇妙なものだった。そのセミナーに参加していた学生のひとりが残したメモが近年発見されたのだが、それによれば実際に彼らが行ったのは火かき棒による決闘ではなく、マイクによるラップバトルだったのだ。

当時の目撃者たちは目の前で行われたあまりにも前衛的な試みを理解できず「これはもう、火かき棒を使ったトラブルがあったことにした方が説明がつくだろう」と口裏をあわせることで合意した。証言に食い違いが生まれてしまったのは、このとき細部についてあまり話を擦り合わせなかったからである。


背景

ウィトゲンシュタインとポパーの年齢には13歳の差があり、ポパーの方が年下であった。ともにウィーン生まれであるが、ウィトゲンシュタインは大富豪の出身。対するポパーは中流家庭出身。ポパーはウィトゲンシュタインに敵意を持っていたうえ、たがいに攻撃的な性格だった。

その二人が出会ったがために起きたのが、8小節3バースの応酬である。

ここからはメモの内容の抜粋である。



研究会が始まってからのウィトゲンシュタインは、常になにか不満げな様子だった。彼は手に持ったマイクをずっといじくり回していたが、そのいらだちがピークに達したのは議題が道徳に移ったあたりだった。

立ち上がったウィトゲンシュタインはラッセルにレコードを再生させると、おもむろにテーブルから予備のマイクを取り、それをポパーに突きつけた。

ウィトゲンシュタイン:
『今からこの場でワックを処刑、
言語の魔術師ルートヴィヒが暴き、白日の元に晒す誤り
よく聞けポパー?とかいうワナビー
言語の限界が世界の限界、為される言語遊戯こそが真実。
Kingの頭にある紙の冠 イかれた論理へCheck Mate』

ポパーは最初こそ何が起きているのかわからないといった顔だったが、マイクを受け取って立ち上がり、ラッセルの見事なスクラッチの終わりと共に、冷静な反撃を開始した。

ポパー:
『"言語の限界が世界の限界"?
呆れた論理だウィトゲンシュタイン、
世界の真実を解き明かす鍵は、反証可能性に他ならない。
お前のゲームこそ、ここで終わり R.I.P. 魔術師、ルートヴィヒ
語り得ぬもの、それはこのバトルそのもの
お口にチャックしてとっとと失せろ』

ウィトゲンシュタイン:
『科学哲学?そんなものはFake
お前は何よりもこれに無自覚
”理論および観察のあいだのギャップ”
空論と盲目の科学哲学
R.I.P.とかいう前に求められているのは練り直し
反証可能性?なんてガキのお遊戯
スキルがねえなら帰れウィーンに!』

オーディエンスが沸く。この場にいるのはウィトゲンシュタイン派の人間が多いので当然ではあるが、そんなことを意に介さずポパーは続ける。

ポパー:
『ウィーンに帰るべきはお前だルートヴィヒ、
あるいはまたなるつもりか?捕虜に
俺にはウィーンに帰る家はない
そのリリックこそがボンボンの証
貧困と闘かって得たのが知識、俺の哲学はここがスタートライン
反証可能性がガキのお遊び?
理解不能っていうなら問題外!』

ウィトゲンシュタイン:
『レペゼンウィーン・ウィトゲンシュタイン?
確かにそれが家の根底、
その家で得たのが兄たちの死、
お前とは違った苦労がある、それだけ
問題外?何が問題?
カール・ポパー、『問題』とはなんだ?言え!
「わからない」なんて解は論外!ひとつ挙げろ倫理的な命題!』

ポパー:
『”倫理的命題 ひとつ答えろ”?
まるでネプリーグ、5ボンバー
じゃあ名乗るかカール・名倉・ポパー
「ホンマごめん」その答えは何?
たったひとつのシンプルな命題
『ゲスト講師カール・名倉・ポパーに、いきなりマイクを突きつけない』こと
これこそが俺の提示する反証!』

ウィトゲンシュタインはそのパンチラインを聞くと顔を耳まで赤くし、勢いよくマイクを投げ捨てた。
そして、嵐の日のようにけたたましくドアを締めて部屋を出て行った。



以上がそのメモのあらましである。

しかし、ウィトゲンシュタイン研究家としても有名な天才数学者ソール・クリプキによれば「ここでウィトゲンシュタインは敗北してない」という。曰く、「彼は語りえぬものに沈黙しただけ」なのであり「むしろ彼の思想をより強固なものにしている」そうである。

どんな天才でも、身内に対しては評価を甘くつけてしまうことを忘れてはならない。





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