「ジャーナリズムのD2C」、Substackはジャーナリズムの救世主になるのか?

今までジャーナリストがジャーナリズムを実践する場の多くは組織に所属することだった。個人のジャーナリストが自分の活動で食っていくのは並大抵のことでは難しい。日本でも雑誌社にルポなどを連載させてもらうことで食っているフリーランスのジャーナリストはいるが、やはり何かしらの中間媒体が存在した。

有料Newsletter配信プラットフォームのSubstackはそうした状況を変えるかもしれない。

SubstackのCEOであるクリス・ベスト氏は、大手メディアと直接競合するものではないというが、広告なしのニュースレターモデルは、従来の伝統的なジャーナリズムが持っていたものを復活させようとしているように思える。

元Voxのジャーナリストケイシー・ニュートン氏は同社を退社し新しくPlatformerと呼ばれるNewsletterをSubstack上で始めた。同氏によると「ジャーナリズムの世界で最高の仕事をするためには、3,000人の購読者がいればいい」のだという。同氏はVoxメディアという広告依存型ネット媒体というPV数がKPIの世界を捨てて数をもとめない世界でジャーナリズムを磨く。作家のアン・ヘレン・ピーターセンは、彼女は彼女のSubstackニュースレターに約23,000人の購読者を持っていたことをニューヨーク-タイムズに語った。そのうちの2,000人以上がお金を支払っていたという。彼女は月に5ドル、年間で50ドルを請求している。Substackの料金を除くと、年収は10万ドル前後の収入となる。

有料ニュースレターはジャーナリズムの重要な一部になることができるのだろうか?ニュートン氏の言う通り、サブスタック氏の10%の手数料をとるものの、年間100ドルで3,000人の読者を獲得すれば、たしかに業界でもトップクラスの給料を得ることができる。しかし、これらの読者を獲得するのは難しい。特にSubstackモデルが成功し、何百人もの他のライターが彼らのユニークで輝かしいコンテンツにお金を払うように読者の囲い込み競争を行なった場合、果たして何人のジャーナリストが食っていけるだろうか?

一つ確かなことは、読者が戻ってくるようにするためには、ニュースレターのライターは目に見える価値を提供し続けなければならないということです。そうでなければ、なぜ一人のライターの独り言のためにニューヨーク・タイムズの標準購読料の半分以上を払っているのかと疑問に思うだろう。

また、ジャーナリストはあくまで社会の黒子。あまり有名になるものではないという考え方もある。例えば池上彰氏は有名な「ジャーナリスト」だが、彼はただ解説がうまいだけで、別に調査報道やスクープで実績があるわけではない。有名性はジャーナリストとしての能力と相関しないのがこの業界の常だ。もちろん元ワシントンポスト記者ボブ・ウッドワード氏のような例外的なスクープ・調査報道記者であれば有名でありかつジャーナリストとしても優秀であることが両立するケースもあるだろうが。

そう考えると別にSubstackの登場で窮地に立たされたジャーナリズムが復権したり、救われるということはないように思える。長期的には組織ジャーナリズムにアメリカでSubstackを始めたプチ有名ジャーナリストも回帰するような気もする。

2000年代に囁かれたウェブログのジャーナリズムがこの業界のゲームチェンジャーとして考えられていた時期もあった。「ブログはオールドメディアを殺すのか」といった話題が盛り上がっていた時期だ。はてなブログが盛り上がっていた時期と重なるが、日本よりもアメリカで活発に議論されていた。Wikileaksや軍事専門ブログのほうがNYtimesよりも中東情勢について正しく正確な分析を行なっていると注目された。組織ジャーナリズムはブログジャーナリズムに殺されるだろう。そういった声もあった。ウェブログは非常に使いやすく、ITリテラシーが低いジャーナリストでもサイトを運営することができ、確かに現実味のある話でもあった。しかし、ブログを開設し、そのあとそれを継続的に書き続けるという行為が人一人で延々と続けるのは些か苦痛ではないだろうか?また、2010年代にはフェイクニュースの時代になり、再び組織的な報道の価値が見直された。

ウェブブログジャーナリズムの時代とSubstackジャーナリズムの間の最大の違いは、PV数を追わずに人々の課金に収益を求める点だ。これによって扇状的なフェイクニュースを人々に届けるインセンティブは下がるだろう。しかし、大手メディアが報道したリンクをペタペタはりながら自分の意見を節々にいれるだけのnewsletterが増えたとしても、ジャーナリズムが復権したというには程遠い。

#COMEMO #日経


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