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ルーマニア、ドラキュラ公の生まれた町で、ばあちゃんに連れ込まれ、スネ夫に踊らされる

今から13年前の夏の終わりの出来事。
ルーマニアの東北部、ウクライナとの国境近い町スチャバに出掛けた。
世界遺産に指定されている「5つの修道院」を見たかったからだ。

スチャバ観光を終えてから列車でトランシルバニア地方にある「クルージー・ナポカ」に移動して1泊して観光。

それからルーマニア第二の都市ブラショフに直行してもよかったのだが、気になった町が一か所あった。
それが「シギショアラ」である。
・世界遺産に指定されている中世の街並みが残る旧市街。
・「ドラキュラ」のモデルになっているヴラド公(ヴラド・ツェペシュ)が生まれた町。
何となく、これらのフレーズに惹かれた。
多分こういう機会じゃないと、シギショアラに行く機会はないだろうな。
そう思ってシギショアラで途中下車して、一泊することにした。

シギショアラ駅で列車を降りて、丘の上にある旧市街を目指して坂道を登る。
思いついて降り立ったのだから、シギショアラの町の宿泊先はノープラン。

「さて、どうしようかな?」
そろそろ、日も傾きかけてきた。
旧市街にたどり着いてから、立ち止まり考えた。

するとばあちゃんが声をかけてきた。
「あんた、部屋を探しているのかい?」
旅行者に部屋をあっせんする、民泊あっせん者。
いわゆる客引きである。
パッと見た感じアヤシイ感じはしない。

「そうだ」と答えると、
着いておいでと、ある一軒の家を案内された。

扉をノックして、家主とおぼしき女主人と話し始める。
女主人に案内されて、庭を横切ると庭に面した部屋に連れていかれる。
ベットとテーブルがある、可もなくも不可もない部屋。

部屋の値段をばあちゃんに尋ねる。
値段は失念したが、手持ちの「地球の歩き方」に掲載されていた、この界隈のホテル料金よりはずっと安い。

もしもこの辺りで宿を見つけられなかったら、旧市街に何件かある、値段設定が高めのホテルを訪れることになる。
あるいは、再び坂道を降りて駅前で探すことになる。
前者はさておき、後者は避けたい。

旧市街で民泊する場合の相場はわからないけれど、
ばあちゃんは悪い人ではなさそうだし、女主人も悪い人ではなさそう。
仮に多少ボラれていても、仕方がないかなとあきらめられる値段だった。

少し考えてから、ばあちゃんに泊まる旨を伝え、お金を支払った。
ばあちゃんは女主人と少し話たのち、次の獲物を目指して家を出ようとした。
去り際に、
「今夜は町で祭りがあるから行ってみるといい」
そう言い残して出て行った。

残された私は、先ほどの部屋に通され、女主人から鍵を渡された。
そして注意点をいくつか聞いた。
いわく、
・トイレとバスルームは共同のモノが隣にあるので利用するように。
・出入りの時は渡した鍵で部屋のドアを開け閉めするように。
・チェックアウトの際は、部屋に鍵を置いてから出ていくように。
あっさりとしたものだった。

余談になるが、彼女の説明はルーマニア語(英語ではない)。
私のルーマニア語の語彙は「ありがとう」と数字の「5」のふたつ。
じゃあ、彼女が話していたことがどうしてわかったのか。
身振り手振りである。
案外、コミュニケーションが取れるもんだな。
(今なら翻訳アプリがあるかもしれないけれど、当時はなかった)

部屋のドアを閉めて荷物を解いてから、一息ついて町に出掛けた。
と言ってもここから旧市街の真ん中の広場まで徒歩数分。


水と翌朝の食料調達しにミニストア(雑貨屋のような店)を探し、
それから晩御飯を食べれそうな手ごろな店を探した。
ルーマニアの郷土料理が食べれる店に入り、食事を済ませた。
チョルバ(スープ)とパンと煮込み料理だった。

食事を終えると、外は暗くなりはじめた。
一度部屋に戻り、水と食べ物を置いてきた。
ばあちゃんから聞いた、祭りの話を思い出し再び部屋を出た。

祭りと言うからどんなものかと思っていたら、音楽が流れて人が広場に集まる、「集会」のような感じだった。
町の中心の広場に人が集まっておしゃべりしたり、踊ったりしている。

様子を見ながら広場付近を歩いていると、ひときわにぎやかに音楽が流れる一角があった。
近づいてみると、人々が踊っていた。
若者たちも、ご年配の方たちも、音楽に合わせて。

私がのぞき見た時に流れていた音楽は、一人でも踊れそうなリズムの激しい音楽。
しかし夜のとばりが降りてくると、音楽はしっとりとしたものに変わる。

そんな様子をぼんやりと眺めていると、ひとりの若者と目が合った。
彼はひとりで踊っていた。
リーゼント風の頭で何となく「ドラえもん」に出てくるスネ夫のような感じだ。

そのスネ夫に声をかけられた。
「一緒に踊りませんか?」と。
「踊ったことがないから・・・」と断ると、
「大丈夫」と強引に手を取られ、踊りの輪の中に連れていかれた。

スネ夫はスキニーなパンツとプリント柄のシャツ。
ちなみに私はジーパンとTシャツ。
映画やドラマのように素敵な感じではない。
背景にバラや蝶々が飛ぶような雰囲気でもない。
(あれはドラマやマンガの中の世界だな)

どちらかと言えば、村の盆踊りに巻き込まれた状態に近いかな。
ロマンチックでも、まったく何でもない。

「まあ、いいかあ・・・」
旅の恥はかき捨てだしな。
スネ夫に手を取られ、踊り始める。

だがしかし。
私はさっぱり踊れない。
ステップが思い切りズレる。
リズム感が悪いと、こういう時に困る。
自覚症状炸裂。

それでも、スネ夫は一生懸命リードしようと頑張る。
「頑張れ、スネ夫」
心でエールを送りつつ、あせる私のステップは千々に乱れる。

音楽がスローペースになって、彼は身体を近づけてきた。
「困ったもんだ、しかし音楽の流れ上しょうがないのかな」
(いろんな意味で腰が引きつつも)精一杯譲歩する。

しかし身体が近づいた分、足の動かす位置も近くなる。
その分失敗するとスネ夫の足を踏みやすくなる。

気を付けていたのだが、やらかした。
思い切り、スネ夫の足を踏んづけてしまった・・・。

「ごめんなさい」
謝るとスネ夫は苦笑いしていた。
それでも踊り続けるスネ夫。
よほど踊りたかったんだな。

何曲か踊り私に改善の余地が見られないのか、スネ夫が踊り飽きたのか。
はたまた私に見切りをつけたのか。
私はスネ夫から解放された。
ほっとする。

それはさておき、ありがとう、スネ夫。
貴重な経験をできたよ。
夏の終わりの異国の地での素敵?な思い出だよ。

もしも、スネ夫がめちゃイケメンだったら。
私はもっとうまく踊れたのかな・・・。

そんなことを妄想しながら部屋に戻った。


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