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人生は苦ばかりですか?③

 時は少し遡る。昭和12年8月。北海道知床の小さな村の網元の家に女の子が生まれた。父の名は吉太郎。母の名はエツコ。生まれてきた子の名前は月子と名付けられた。 

 終戦後も、網元である吉太郎の家は村一番になり、月子はお嬢様として育っていった。きりっとした一重の目は美しく、まだ10歳だと言うのに縁談の話が持ち込まれるほどだった。 

「吉太郎!おめぇんとごの月ちゃんよぉ!家さけねぇが?」そう言いながら吉太郎の隣にドスンと座った男は、そこそこ稼ぎのある船の船長、五郎だ。酒臭い息を吐きながら、吉太郎の肩をがしりとつかんだ。

「冗談言ってんでねぇ!おめぇんどごの息子が家の月子ば食わせていげっがよ!」吉太郎は笑いながら五郎の腕を払いのけた。「冗談なんか言っでねぇよ!あと数年もすりゃおめぇ、俺んとこの船だって」五郎が言いかけたその時、エツコがどこから持ってきたのか竹刀をちゃぶ台に叩きつけ、五郎をにらむ。

「ここらでお開きにしてもらえますかえ」エツコは鋭い眼差しで五郎を見つめ、いつもの綺麗な高い声ではなく、低い声で静かに言った。

 五郎の他にも数人一緒に酒を飲んでいたが、今の一撃であわてて帰っていった。「わ、悪がっだっで!んだばな!」バタバタとみんなが帰っていった瞬間、吉太郎が爆笑した。エツコは我に返り、ほほを染め可愛く笑って竹刀をさっと自分の後ろに隠した。

 月子は部屋の曇った窓ガラスを手で拭き、真っ白になった浜辺を見つめていた。深々と雪が降る夜。窓の外には動物が通った足跡だけが見えた。

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