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宇宙飛行士の選抜試験

今回は,いろいろな選抜試験の中でも,宇宙飛行士の採用を取りあげ、どのように選抜が行われるかを見ていきましょう。

我が国ではJAXAが宇宙飛行士の採用を行っており、過去5回の募集・選抜を実施しています。そして、今年秋に新たな募集を行うことになっています。
これまでの募集状況等は以下の通りです。

第1回(1985年):応募者533名、合格者3名、倍率は178倍。
第2回(1992年):応募者372名、合格者1名、倍率は372倍。
第3回(1996年):応募者572名、合格者1名、倍率は572倍。
第4回(1999年):応募者864名、合格者3名、倍率は288倍。
第5回(2009年):応募者963名、合格者3名、倍率は321倍。

各回により,採用選抜試験方法等が異なりますが、概ね次のようになっています。

書類選抜→筆記試験(教養、専門)→英語試験(筆記、ヒアリング)→閉鎖環境での長期滞在適性検査→医学検査・心理適性検査→面接試験
これらの試験を約1年間かけて厳選していくのです。

なお、試験の実施に当たっては、資質審査を主に担当する専門員会と、医学審査を主に担当する専門員会からなり、これらを親委員会で取りまとめるという形になっていることが多いようです。

具体的に順を追って見ていきましょう。

○書類選考(2009年の例)

学歴としては、4年制大学の自然科学系学部(理学、工学、医学、歯学、薬学、農学)を卒業していること、及び同分野における、研究、設計、開発、製造、運用などの実務経験が3年以上。
ただし、大学院修士課程修了者については1年間、博士課程修了者については3年間の実務経験があるものとみなすとされています。

さらに、身体的要件として、身長158cm以上190cm以下、体重50kg以上90kg以下、そのほか、血圧、視力、聴力、色覚など、宇宙空間という限定的かつ隔絶された環境で働くために、詳細な基準が設けられていました。
また、水着および着衣において、75m連続で泳げること、10分間立ち泳ぎできることといった、泳力に関する条件も定められていました。

○1次試験

人文科学と社会科学に関する一般教養試験と、基礎的専門試験(数学、化学、物理、生物、地学、宇宙開発に関する専門知識)が行われました。
ちなみに、「宇宙飛行士の採用基準」山口孝夫氏※によれば、合格基準は約7割とされており、各科目で満点近く得点しても特にアドバンテージとはならない一方で、どれかひとつでも0点の科目があると不合格とされる。苦手科目があると、宇宙飛行士になった後、その科目の訓練についていけない可能性が生じるし、宇宙空間では、知識の偏りが致命傷になり、重大事故を引き起こす危険性もあるからとされています。

※「宇宙飛行士の採用基準」山口孝夫著 角川書店(2014年)
山口氏は宇宙航空研究開発機構(JAXA)有人宇宙ミッション本部宇宙環境利用センター/計画マネジャー

さらに、心理検査(筆記式)や1次医学検査が行われました。

○2次試験

1次試験を通過した者は2次試験へと進みます。
ここでは、2次医学検査(2泊3日)と面接試験が行われました。
人物的な側面や専門知識、仕事能力、ストレス耐性、チーム行動力、コミュニケーション能力を評価するために、心理専門家による面接やネイティブスピーカーも入れつつ、精神科面接、心理面接、一般・専門面接、英語面接の4種類の試験が個別に行われました。

○3次試験

ここでは、3次医学検査、長期滞在適性検査、泳力試験、総合面接試験が行われました。
宇宙の実験連を模擬した窓の無い閉鎖空間で、10名の応募者が1週間缶詰になり,24時間監視下に置かれた状態で様々な課題に取組む試験です。
1週間の閉鎖空間の状況下で、チームワーク、課題解決力、ストレス耐性などを評価するとともに、応募者の「素の姿」が観察されます。
この閉鎖空間では、「国際宇宙ステーションで暮らす宇宙飛行士たちの心を癒やすロボットをつくれ」という課題で、受験者を5名ずつの2チームに分け、1日3時間の4日間(計12時間)で、完成したロボットをプレゼンテーションするものでした。
また、真っ白なジグソーパズル「ホワイトジグソーパズル」を限られた時間内に完成させるという課題や、「あなたは、あなた以外の2人と一緒に宇宙に行けます。誰と行きたいですか? 応募者の中から選び、その理由を述べてください。」(受験者相互評価)との課題も出されました。
そのほか、装置の組立や修理、操作などの「運用技量試験」や、泳力試験、現役宇宙飛行士による面接、外部有識者面接、役員面接なども実施され、これらは全て数値化されました。このようにして宇宙飛行士としての採用試験が行われたのです。

宇宙飛行士は,多国籍の乗組員とのコミュニケーションや、とっさの判断、バランスのとれた豊富な知識、チームワークなどが必要になることから、選抜においても、これらの「求められる資質」の有無を中心に,時間をかけた厳しい選抜がなされたことが分かります。
ちなみに、JAXAは、宇宙飛行士に求められる資質として次の8つを挙げています。

・状況確認、 ・コミュニケーション、 ・自己管理、 ・危機管理、    
・異文化対応 ・チームワーク ・リーダーシップ、フォロワーシップ  ・意志決定と問題解決

特に競争率の高い選抜であるほど、時間をかけて,「候補者に必要な能力」を見極めることが重要になります。
そのためには、宇宙飛行士の採用試験でみたように、
①「求められる資質」を抽出する。
②それらの「求められる資質」を測定するための方法を考える。(必要に応じて各分野の専門家の力を借りることも重要になります)
③その「求められる資質」を測定できる試験官を集め、選抜方法を研修等により共有する。(必要に応じて各分野の専門家の力を借りることも重要になります)
④選抜後、その選抜方法が効果的であったか検証しつつ、次回の選抜に備える。

ことが大切になるのです。

通常、「採用」や「選抜」は、1回限りで終わることはありません。
ワンランク上の選抜を目指すためには、常に,今回の選抜方法が正しかったのか、自問しながら、必要な改良を加えていくことが求められるのです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございます。(Mr.モグ)

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