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パリかよ/ブラチスラバ、ウィーン/9/19

ブラチスラバ最終日、朝は初日夜の散歩と前日夕方に青の教会に向かう際にも目をつけていたBlue Mondays Coffee Roastersで。お店の前に設けられたテラス席は満席だったが、中に入ると意外に奥に席がたくさんあって、ゆっくり座れた。
イギリスに引っ越す直前の二年間は隅田川沿いに住んでいたこともあり、コーヒーといえばシングルオリジンのブラックコーヒーが定番だったが、今ではフラットホワイトばかり。たとえドリップコーヒーが提供されていたとしても。

Primaciálny palácを見学。入り口が分からず周囲をぐるぐるした。どうも中でイベントをやっているらしく、本来の入り口に「この先立ち入り禁止」という旨の看板が立っていたのだが、その実営業はしていたのだった。ややこしい。。3ユーロの入場料を100ユーロ札で払って見学。他に見学者はいなかった。同様に入り口を探していると思しき白人の中年女性二人組を見かけたが、入れたのだろうか。

Primaciálny palác 部屋ごとにテーマカラーが分けられていて面白かった あと壁にかかったタペストリーがイギリスから技術輸入していたのも

最後にブラチスラバ在住日本人の方のブログでお勧めされていたKounでジェラートを買ってドナウ川沿いで食べた。欲張ってヴァイオレットとミルクとパッションフルーツ(かドラゴンフルーツ)の3種にしたが、量が多く後悔した。もう自分が認識しているほど自分は若くないのかもしれない。

Koun 店はちょっとだけ奥まったところにある

駅で電車を待つ間、チェコに帰る金がないという人にお金を求められた。電車は20分くらい遅れていた。

ウィーンへは片道1時間。首都同士、あまりにも近すぎる。それで言語圏が違うのだから不思議。

ウィーン中央駅に着いた途端に日本人旅行客を見かけた。7日間乗り放題パスを買ってエアビーへ。まずは洗濯させてもらう。洗濯待ちの間にケバブを食べる。ハンブルクという記載のあるコーラを見て「お、まあ街は違うけど同じ国やし地元のコーラか〜」と買ったが、いいえここはオーストリア。違う国なのだった。ドイツ語を聞くとドイツにいると思ってしまう……ドイツ語理解できればまた違うのだろうな。

ケバブとハンブルクと書かれたコーラ

洗濯物を干してから街へ。Stephansplatz駅から地上に出ると、圧倒的都会で慄いた。ブラチスラバから来たので、余計落差を感じる。あまりにも大きい街で、パリかと思った。

Kärntner Str.

とりあえず街のシンボルであるシュテファン大聖堂に行ったらミサ中だった。大通り(ウィーン滞在後半までそれが有名なケルントナー通りと気づかなかった)を歩き、とりあえずカプツィーナ霊廟へ。他人の棺をじっくり見、趣味悪いかなと思いつつ、観光地なので写真を色々撮る。時代が降るに従って棺が簡素になっていくのが面白かった。流行か、ハプスブルク家の財政の問題か?
ブダペスト、ブラチスラバでどんどんハプスブルク家への理解が進んできていたので、マリアテレジアは夫と同じ棺に入っていることや、メキシコで殺害されたフランツヨーゼフの弟、マキシミリアンの棺の前にメキシコ国旗が飾られていて感慨深かった。フランツヨーゼフ、エリザベート、ルドルフの棺は並べられていたけれど、だいぶ後世の霊廟を管理する人の恣意性を感じる。それに比べて、フランツヨーゼフの母ゾフィーの棺は随分ひっそりと大部屋の隅に置かれていた。ミュージカルエリザベートを見ていると大きな存在に感じるが、ハプスブルク家の600年以上の歴史ではそこまで存在が大きかったわけではないらしい。

Domkirche St. Stephan
Kapuzinergruft フランツヨーゼフ一家の棺

その後、カプツィーナ教会を見て、アウグスティーナ教会へ。フランツヨーゼフとエリザベートが結婚式を挙げたというその教会は、珍しく図書館など他と建物を共有しており、すいぶん静かで見物客も少なかった。カプツィーナ教会でも思ったことだが、ウィーンの教会は絵画中心のように思われる。比較的装飾がシンプル。

Augustinerkirche

その後隣の国立図書館を見物。ブルックナー生誕200年の記念の展示をやっていた。周辺をぷらぷらしたあと、ドナウキャナルに川の様子を見に行った。ウィーンにはドナウ川と、その川から水を引いた運河がある。水の流れは速い気がしたが、水量自体は問題なさそうな気がした。

Österreichische Nationalbibliothek ブルックナーおじさん
Donaukanal

帰りに駅のスーパーに寄ったら、ハンブルクのコーラが大量に売っていた。