3、その少年の保育園

その少年の母と父は共働きで、その少年は保育園に預けられていた。
母の自転車の後ろに乗せられ、毎朝保育園に送り届けられていた。

保育園に着くと必ずその少年は泣いた。
母が仕事に行くのが嫌で、母の足にしがみついて離れなかった。
母が退院後に迎えに来て、祖母の元から離れなかったときの様に、
母から離れたくなかった。
もれなく毎朝。

保育園の先生が総動員で、大泣きしているその少年を母からはがし、
あの手この手で気をそらせる。
気づいた時には母は消えている。
もれなく毎朝。

学習能力がない。
目先のオモチャやお菓子に気を取られ、気づくと母は消えている。
その度、「またやられた」と立ち尽くすその少年の毎朝。

そうと決まればあとはもう友達と遊ぶだけだ。
切り替えは早い。


いつもマサキという子と遊んでいた。
マサキが好きなものはその少年も好きになり、その少年が知っていることはマサキも知っている。
その少年とマサキは全ての出来事を共有していた。
ダウンタウン・ジャイアンツ・馬・ごみ収集車…アヤカちゃん。

好きな子までマサキと同じ。
なぜだかそれも嬉しくて、ふたりでずっとアヤカちゃんを眺めていた。

特に想いを伝えることも何もなく、ただ近くにいて眺めるだけ。
キャッチボールをマサキとするときはアヤカちゃんの近くでやり、
集合写真を撮るときはアヤカちゃんの隣をマサキとふたりで囲み、
アヤカちゃんが帰るときは二人で「バイバイ」と手を振る。

ただそれだけ。
それだけで十分で、それ以上に何を求めればいいかも知らないでいた。
そんなことをしていると、お迎えの時間になる。

アヤカちゃんも帰り、マサキも看護婦のお母さんが迎えにきて帰る。

いつも最後にひとりで残るのはその少年だった。

先生たちも帰りだし、園長のおばあちゃんとふたりで積み木をする。
なんだか虚しく寂しくなってくるが、ここでは泣かない。
母が迎えに来たときに大泣きしてやろうと涙をためるのだ。

そしてついに、母が迎えに来くる。
時刻はもう20時を過ぎようとしている。

母の自転車を止める音が聞こえると、大急ぎで積み木を片付けて荷物を抱えて外に飛び出す。
そして、母の胸に飛び込む。
母が園長と何か喋っている間に自転車の後部に先に乗り込み母を急かす。
嬉しくて嬉しくて、大泣きしてやろうと思っていたことなど忘れ去っている。

帰り道の自転車では母の背中にもたれかかり、眠る。
夢の中ではアヤカちゃんとマサキと3人でキャッチボールをしている…。

つづく…。

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