27、その少年と「静」という店

その少年は中学生活にも慣れ始め、新しい友達も増え始めていた。

兄の真似から始まったヘアワックスも制服の着崩し方も、先生に怒られないギリギリのラインを探り、注意は先生に意識は女子生徒に向けて日々を過ごしていた。

休日には必ず友達と遊び、小学校より少し広がった校区を隅々まで行き尽くしていた。
ほとんどの友達は携帯電話を持っており、どこかで待ち合わせをしていた。
しかしその少年は携帯電話を持っていなかったので、
直接友達の家に行き、呼び鈴を押すというオールドスタイルだった。

毎週末、遊ぶ友達が増えていった。
遊ぶ内容は小学校の頃に遊んでいた内容に毛の生えた程度の事だったが、
顔ぶれが違うだけでこんなにも新鮮で興奮するのかとその少年は驚いた。

新しい友達と過ごす時間が増えるほど、おじぃといる時間が減っていっていた。

毎週末に泊まりにいっていたおじぃの家には行かなくなっていた。

大好きだったおじぃとおばあちゃんのいる家。
そこへの興味がなくなったのか、それ以外の出来事への興味が増したのか。
どちらであるかその少年は薄っすらと分かっていた。


おじぃから「泊まりに来い」と言われることは今まで通りなく、その少年はその無言に甘えて新しい興味に没頭した。


そんなある日、学校から帰るとおじぃが家にいた。

何やら母と話し込んでいる様子だった。

久しぶりに会ったおじぃに、ヘアワックスで整えた髪と少しダメな着方をした制服姿を見せられた事が少し嬉しかった。

母と話し込むおじぃに「どうしたの」と問うと、おじぃは「店を開く」と言った。

長年勤めていた工場を定年退職したのをキッカケにお好み焼き屋を始めるとのことだった。
おばあちゃんと2人で。

おじぃは昔からおばあちゃんに店をやらせてあげたいと言っていた。
「自分が死ぬまでにコイツに店を持たせる」
おじぃは酒に酔う度にそう言った。

おばあちゃんからやりたいと聞いたことがなかったのが少し引っかかったが、
2人の中でそれは夢のように存在しているものなのだろうな、とその少年は思っていた。

その夢の準備が整い、ついにオープンするらしかった。

しばらく会わない間におじぃはこの夢を進めていたのだと、その少年はなぜか少し寂しくなった。

寂しく感じたからなのか、自己顕示欲が大暴れしたのかは定かではないが、
その少年はおじぃに「店の名前を俺の名前にしてくれ」と頼んだ。


おじぃは少し黙ったあと「考えておく」と言った。



開店の日、その少年はおじぃとおばあちゃんの店に行った。

店はその少年の家から歩いて5分ほどの距離にあった。
長屋を改造した2階建の店。
隣に並ぶ店らと同じ間取りなのだろうなと入らなくても分かった。
それほど全く同じ門構えをした長屋感だった。
そして同じようにくすんだ色に変わって行くんだろうなと、ひとつだけ浮いた綺麗さをした店を見て思った。
ひとつだけ、まだ綺麗な店の看板にはデカデカと「静」と書かれていた。

それはおばあちゃんの名前だった。

その少年は店の名前が自分の名前でなかった事がそんなに悔しくも悲しくもなかった。

本当におばあちゃんの為にやりたかった事だったんだなと、酔っ払ったおじぃを見直した。


店に入ると驚くことがあった。
それは店がかなり繁盛していたことだった。

店内にはおじぃが常連のスナックのママやおじぃの友達、おばあちゃんの友達やご近所さんで溢れていた。

その少年はいつも食べていたおばあちゃんのお好み焼きにお金を払って食べている人達を見て不思議な感覚になった。


そしてもうひとつ驚くことがあった。

兄と姉がエプロンをしておばあちゃんとおじぃと共に働いていた。

高校生の兄と姉はおばあちゃんの店でアルバイトをしていたのだ。

おばあちゃんが焼いたお好み焼きを姉がスナックのママに運び、
おじぃが入れた生ビールを兄がおじぃの友達に運んでいた。

おじぃもおばあちゃんも兄も姉も全員、その少年が見たことのない顔をしていた。

みんな何かに緊張していて、それぞれが一生懸命で、てんでに活気付いていた。


その少年はタダ食いをして、食い逃げゴッコをしようと企んでいた自分がスベっていると感じた。

その少年は建て付けの悪い引き戸をゆっくり閉め、店を出た。

そして家に帰り、母の作った名前のよく分からないしょっぱい料理を食べた。


母はこの頃からベジタリアンになり始め、動物性の添加物などを使用しない料理が食卓に並ぶようになっていた。
食卓には牛鳥魚、それに類するものはなく大豆をどうにか加工したものや野菜にあれやこれやと手を加えた料理が並んでいた。

肉くいてぇ、と心の中で思いながらバリバリと栄養の塊たちを食べた。


そして、母にどこに行ってたと聞かれてもその少年は答えないでいた。

どの角度から話してもスベる自分が想像できて、ウケる気が全くしなかった…。


つづく…。

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