46、その少年の高校入学式

その少年は高校に入学した。

奇跡的に入学したその高校の校舎からは山が見えた。

見えたというより、山の存在を強く感じた。それほど高校から山が近かった。

そしてその山は昔おじぃとよく行った山だった。

その事実を入学してから知ったその少年は、何故だか感傷的になった。


少し田舎な、登校中に野焼きの煙をくぐらなければならないその高校の入学式。

感傷的になる出来事がもう一つあった。

それは、保育園の頃にずっと一緒にいたマサキが同じ高校だった。

中学の時に仲が良かった友達たちは、その田舎高校より1つも2つも頭のいい高校に進学しており誰1人仲がいい友達がいなくて不安だったその少年は、

マサキを入学式が行われている体育館で見つけたときは、思わず声をあげてしまった。

知らない同級生がズラッとその少年の方を向きその少年は顔を真っ赤にした。


紹介された先生の名前を一切覚えられない足が疲れる入学式が終わり、教室に移動するまでの短い間にマサキに声を掛けた。
マサキとその少年は違うクラスだった。

数年ぶりの再会には足りなすぎる尺だった。


「また後でゆっくり」と2人は別れてそれぞれの教室に入った。


担任の先生が来るまでの時間。

ほとんどが初対面の15歳の男と女。

それは中学の入学式とは雰囲気が違った。

それぞれが冷静を装っており、おかしな静けさがあった。

完全な静寂でないのは、落ち着きなく何度も座り直す人や無駄にカバンを漁る人などの物音のせいだった。

その少年はそのどちらもをやっていた。

顔はシレッと無表情で落ち着いている姿を演出しているが、心のソワソワとドキドキは行動に転化していた。それを紛らそうと必死に静かに音を立てていた。

その少年はジタバタと落ち着いているフリをしながら、目を周りキョロキョロと動かし、それぞれの待ち方を観察した。

その目は友達になれそうな人を探していた。


早く友達を見つけないと、3年間ジタバタ落ち着いているフリをしなければならなくなる。

その少年は緊張のドキドキなのか、不安のドキドキなのか分からない心臓の鼓動を1人で勝手に激しく鳴らしていた。


その少年は友達になれそうな目ぼしい人を2人見つけた。

1人は頬っぺたに大き目のホクロがある人で、めんどくさそうに椅子に座りながら、隣に座る真面目そうな人にちょっかいを掛けていた。

ホクロくんと真面目さんは中学が同じなのかその教室の中では、唯一会話をしている2人だった。

真面目さんとは仲良くなれそうな雰囲気を感じなかったが、ホクロくんとなら仲良くなれる気がした。

このおかしな静寂の中で話を出来るというホクロくんの感覚に乗っかるのはアリだなとその少年は考えた。


もう1人の友達になれそうな人は、机に頭をふせて眠っていた。

この奇妙な緊張感が漂う教室で、寝るという行為をするその人に興味を持った。

さらにその人は、上履きを履いていなかった。
その人の足元は靴下だけだった。

その少年はさらにその人に興味を持った。
そして少し頭がおかしいんだろうなと思った。

顔が見たかった。

いったいどんな顔をしているんだろうか。

顔を伏せて眠るその人が起きるのをチラチラと伺いながら待った。


そうこうしていると、担任の先生が現れた。

これでもかというほど黒く焼けた40歳ぐらいの男の先生だった。

4月でこんなに黒かったら8月はどうなってしまうんだと夏を期待させる先生だった。

黒先生が到着すると寝ていた靴下の人は起きた。
が、靴下の人はその少年の斜め前に座っていたので、顔はまだ確認できなかった。


黒先生は体育館でした自己紹介より2つほど多い情報を慣れた様子で言い、テンポよく名称不明の時間を進行していった。

様々な紙を配り、様々なルールを伝えていった。

そして最後に「1人ずつ前に出て、名前と趣味を言って自己紹介」と言った。


出席番号順に名前を呼ばれ、順々に前に出て名前と趣味をみんな言っていった。

小さな女の人が「趣味はプチトマトの栽培です」と言った。

その趣味が今までみんなが言ってきた「映画鑑賞」や「音楽鑑賞」とは種類が違い、少し教室に笑いが起こった。

小さな女の人は顔を赤くしてせきに戻った。

その次が靴下の人だった。


前に立った靴下の人の顔が見えた。

少し鼻が大きかったが、イケメンの部類に入る人だった。

靴下の人は眠たそうな顔をしながら、名前を言い「趣味は…ん〜」と考え込んだ。

そして程よい間の後「プチトマトを栽培することです」と言った。


ウケた。


その日イチの笑い声が教室に響いた。

よくよく考えると対して面白くなかったが、変な緊張感のあるその教室で、眠たそうな人が言うその発言はウケた。


その少年は靴下の人と友達になろうと決めた。



その後にホクロくんも、プチトマト的なことを言った。


すごく面白くなかった…。



高校のルールも、クラスの決め事も聞き流したその少年は、

靴下の人の名前、亮平だけを覚えた…。


つづく…。


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