17、その少年の変な失恋

その少年は6年生になった。

1年生からクラス替えが2年ごとに計3回行われ、
学校の中で同じクラスになった事のない人はいなく、うまくクラス替えと言うものがされているなと考えていた。

そして必ず同じクラスになる女の子がひとりいた。

彼女の名前は吉田さん。


仲良くなった友達とはほぼ確実に違うクラスになるのに、
なぜか吉田さんとは6年間ずっと同じクラスだった。
その少年はそれが奇跡、いや運命…?とまで考えていた。
春のクラス替えの発表の時に、体育館に張り出されるクラス表の紙で自分の名前を見つけたあとは、吉田さんの名前を探した。

その少年は吉田さんに恋をしていた。

吉田さんと遊ぶときはいつもとは違うテンションになり、
学校ではなるべく近くにいるようにした。
その想いがバレないように、ギリギリのラインで。

好きという気持ちを隠しながら彼女と接していた。


周りでは誰が誰のことを好き、あの子とあの子は付き合っているなどと、
いう話題であふれていた。

付き合うってなんだろう。と、その少年はあまり理解しないで、
友達同士が、友達じゃない関係になっていくのを見ていた。

友達じゃない、恋人という呼び名に変わったからと言って何が変わるんだと思っていた。
その少年は、みんな不思議なことを求め合うもんだと感じていた。

しかしそんな事を思いながらも、その少年も、
吉田さんに好きだと伝えて、その想いが受け止められることに憧れはあった。



いつものように、大好きな友達の吉田さんと遊んでいた日の事だった。

その日は吉田さんの家でかくれんぼをしていた。

その少年は、タンスの洋服を全部出し、タンスを一段空っぽにしてその中に隠れていた。
人の家だとかは関係なく、身を隠す事だけに頭がいっぱいで一生懸命だった。

しばらくして、その少年はオニ見つけられる前に、吉田さんのお母さんにタンスから引っ張り出された。
そして、吉田さんのお母さんにタンス禁止というルールを追加された。


かくれんぼがひと段落し、というより吉田さんのお母さんから強制終了を宣告され、
それぞれがゲームをしたりお菓子を食べたりして、
遊びと遊びの間の、フリータイムをみんな楽しんでいた。

その日は吉田さんの家には、その少年の他に雄太とフサの男の子が2人、吉田さんと仲のいい前田さんの女の子2人、計5人で遊んでいた。

雄太とフサはゲームボーイで対戦をし、
その少年は吉田さんのお母さんと、かくれんぼの禁止エリアの交渉を行っていた。

タンスのある寝室は全面禁止にされ、リビングも隠れる箇所が制限されはじめ、
これはマズいと、なんとかリビングだけは全面OKの許可をもらうように、奮闘していた。

交渉がうまくいかないでいかず諦めようと心が折れ始めた時、
その少年は吉田さんに呼ばれた。

着いていくと吉田さんの部屋に入れられた。

そこには前田さんが吉田さんの勉強机の椅子に座っていた。

その少年はベットに座らされた。
連れられてきたはいいが、なかなか話し出さない吉田さんと俯いて顔を上げない前田さんに違和感を感じながらその少年は話し出すのを待った。

待ちながらも目はこの部屋の隠れられそうな場所をキョロキョロと探していた。

すると、ようやく吉田さんが口を開いた。


「この部屋の中に、好きな人いる?」


その少年は、想定していた話との違いに思考が止まった。

その少年は前田さんの様子からして、
2人が喧嘩でもしてどっちが悪いか決めるのか、必死に隠れすぎてオニだった前田さんが見つけられないと文句を言われるのか、などと想像していた。


その少年は「え、なんで?」と、’’いる’’とも’’いない’’とも断言はしないで、
’’いる’’がたっぷり込められた返事をした。

しかし吉田さんは「答えて。いる?」と、確実な’’いる’’を求めてきた。

見たことのない吉田さんの圧に負け、その少年は「いる」と答えた。


すると、吉田さんは言葉を続けた。


「チカがあなたの事が好きなんだって」


その少年は、今度は思考は止まらなかった。
むしろ脳みそをフル回転した。

チカというのは前田さんのことで、このチカの好きを受け止めないと、
さっき言った好きな人がこの部屋に’’いる’’発言は、吉田さんの事になってしまう。

なってしまうというか、そうなのだが。
吉田さんのことが大好きなのだが、それは今日伝えようと思っていなかった。
今日はこの家にかくれんぼをしに来ただけだった。

その少年は長い沈黙の後、


「俺も」


と答えた。

吉田さんへの想いを隠すことを選んだのだった。
すると吉田さんは「じゃぁ、チカと付き合ってあげて」とその少年に言った。

その少年はもうどうにでもなれと「わかった」と答えた。


すると、前田さんは顔を上げこちらを変な笑顔で見た。

その少年は心の中で、「おい前田。お前ひと言も喋らずに、やってくれたな」と怒った。

その少年は付き合った瞬間に、恋人のことを嫌いになった。


その少年は吉田さんへの想いを伝えることもなく、失恋した。
そして喋らない女の子と付き合うことになった。

その少年は、喋らない前田さんの横で自分の事のように喜ぶ吉田さんを、

あーかわいいなぁ、と見つめていた。


そして、まぁ吉田さんが嬉しそうだからいっか、とその少年は、


思わなかった…。



つづく…。



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